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2024.01.09

レビュー

なぜ本を読むのか? 読書装置とは何か? 読書生活の起源を読み解く。

新卒で入社した社員と話していると、世代間のさまざまなギャップに気づかされる。たとえばインターネットは彼女にとって生まれた時からあるもので、駅は自動改札、電話はスマートフォンが当たり前。一方の私にとってみれば「電車は紙の切符を買い、改札で鋏を入れてもらう」「電話は家にあるもので、かかってくると家族の誰かが出る」が子ども時代のリアルだったわけで、過去の自分がずいぶんと昔に生きていたように思える。

本書を読んだ時に感じたのもそんなギャップの面白さと、時代を超えた共通性だった。本書は明治20年代後半から30年代にかけて起きた活字メディアの流通における構造変化をはじめとし、出版資本によって推進された読書過疎地域を対象とする読書会活動、拡大する鉄道網により誕生した車中読書者や旅行読書市場、そして国家による読書政策とその機能を担った新聞縦覧所と図書館について、3部構成の全6章にわたり明らかにしていく。

ちなみにタイトルの「読書国民」とは聞き慣れない言葉だが、本書によればその由来は、大正元年に発表された内田魯庵の随筆「家庭の読書室」にあった。文中で著者は、魯庵の随筆の引用をもとに「読書国民」についてこう語る。

魯庵は日本の女性達が本を読む習慣をなかなか身につけないことを嘆いて、「未だ未だ(引用者注:原文は繰り返し記号)読書国民とは云はれない」と表現している。すなわち、魯庵のいう読書国民とは「本を読む習慣を身につけた国民」を意味している。本書では、より一般化して、新聞や雑誌や小説等の活字メディアを日常的に読む習慣を身につけた国民と定義する。

そうして著者は明治の日本において、「読書国民」がどのように形成されていったのかを、各章のテーマとあわせてつづっていく。

著者は1955年に鹿児島で生まれた。九州大学文学部を卒業し、東京大学図書職員として勤務した出版文化・大衆文化研究家である。本書は2004年に刊行された『〈読書国民〉の誕生──明治30年代の活字メディアと読書文化』(日本エディタースクール出版部)を文庫化したもので、「大学図書館に奉職し始めてから出版や読書、図書館の歴史に興味を持つようになった」ことを機に、執筆されたという。なお過去には、『雑誌と読者の近代』『モダン都市の読書空間』(ともに日本エディタースクール出版部)を上梓し、本邦における活字メディアや読者の歴史に関する研究を担い続けてきた。

さて第一章では、先人たちがいかにして活字メディアを早く、幅広く届けることに苦心したかが描かれる。鉄道網が全国的に拡大するまで、新聞はあくまで東京や大阪といった都市部での流通に留まり、「全国紙」として成立する要件をまだ備えていなかった。

例えば東海道線開通以前の明治一七年に藤枝で「江河新聞販売店」と称する一新聞取次店が開業しているが、郵送による東京からの新聞配達のあまりの遅さに閉口して、江戸時代以来の宿場の継ぎ立て馬・駕籠・人力車等を乗り継いで神奈川─浜松間の新聞の陸送に挑戦した。しかし、箱根や大井川の難所に阻まれて思ったほどの成果を上げることができなかったという。また、明治二〇年代前半の北陸地方では東京の新聞雑誌の到着に七日間を要するほどであった。

「新聞を馬や駕籠で運ぶ」という力技に、思わず目が点になったものの、それが当時の精一杯であったことはよくわかる。物理的な制約が情報伝達の速度に直結していた時代であり、だからこそ、活字メディアが全国的に一斉流通できることになった時の衝撃と変化の大きさも容易に想像することができた。

一方で野心的な試みとして、郵便を使った書籍の貸し出しを行う「通信制図書館」や、各地のホテルで宿泊客向けに設置された「読書室」や「新聞室」といった存在は、最近では姿を消しつつある「レンタルDVD」事業や、読書好きの間で話題の「本が読める宿」に通じるものがある。その狙いは時代ごとにもちろん異なるものの、結果として同じような業態を作り、似たような失敗や成功が先人たちにあったことを知るのはなんとも興味深かかった。

また、公共交通機関における乗客の音読習慣についてのくだりも面白い。今では黙読の一択、だがこの習慣が一般的になったのも、明治のこの時期だという。現在の電車事情では想像もつかないが、それもまた当時の人々にとっての「当たり前」が変わっていく過程だったのだろう。

「読書」という行為を通じて昔と今を知り、比べる面白さが詰まった本書。じっくり味わってほしい。

レビュアー

田中香織 イメージ
田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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