日本人にとって、龍という存在はとても馴染み深いものです。世界を支配した邪悪な竜王を倒すRPGゲームやドラゴンの名を冠するプロ野球チーム、さらには七つの球を集めると願いを叶えてくれる神龍(シェンロン)が登場する世界的人気の漫画など、枚挙にいとまがありません。
そんな龍の起源となった中国を舞台に、歴代の政治や文化とも密接に関係してきた龍の誕生からデザインの変遷、自然界における痕跡、さらには人々の暮らしとのかかわりを、著者自身による現地取材も交えて記したのが『龍の世界』です。
皇帝と結びつく龍
王朝や政治という視点における龍について、著者は端的にこう説明しています。
強大なパワーを持つと信じられ、やがて支配ないし支配者のシンボルとなっていく。
ひとつのエピソードを取り上げてみましょう。漢王朝の祖である劉邦は、秦王朝を倒し、楚の国の名門・項羽を打ち破りますが、彼自身王族や皇族の出ではなく、農民出身。そこで龍の出番です。司馬遷が残した歴史書の『史記』には、劉邦の母親が夢の中で龍と遇(あ)い、やがて懐妊して劉邦が生まれた、と記されています。このように、平凡な出自をカバーするため、龍の力を借りて威厳を高めたわけです。
また、龍が支配者のものであったことを示す例として、こんなケースも。
「龍顔を拝する」といえば、皇帝の接見を受けることである。龍の形象は、新石器時代の玉(ぎょく)の彫り物にあり、二千年前の漢代にほぼ形を整える。それはやがて支配者の独占するものとなり、皇帝の顔を「龍顔」と表現したのである。
皇帝すなわち龍。尊大とも思えるこうした表現も、強大なパワーを持つ存在そのものとなった皇帝への畏怖と、そんな皇帝に接見できる栄誉(気に入られれば立身出世のチャンス!)という、両面を持ち合わせたなんとも複雑な意味合いを含んでいるようです。
龍とドラゴンは違う?
個人的に「なるほど!」と感じたのは、中国における「龍」の位置づけと、西洋における「ドラゴン」の違いに関する解説です。当たり前のように龍=ドラゴンだと思っていましたが、著者はかねてよりそうした記述を問題視していたとのこと。
中国(東洋)の龍に対する著者の見解がこちら。
それはときに、猛威を振るい、人命や財産を損なうこともあり、畏怖される存在である。しかし総じて、龍は、超人的な能力をもち、絶大なパワーを発揮する存在として考えられてきた。(中略)
龍は、中国人や日本人にとって、瑞祥(ずいしょう)※でこそあれ、凶相ではない。
※引用者注:吉兆のこと
これに対して、西洋のドラゴンは『旧約聖書』の「詩編」、さらには『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」から、頭を砕かれ食されるドラゴンや、あるいは悪魔と呼ばれたドラゴンがミカエルに倒される描写を引き合いに出しながら、以下のように結論付けています。
ドラゴンの運命はすでに明らかである。いずれは、キリスト教の側の神ないし王、もしくは天使たちにより、攻撃され、撃滅されることになる。
本レビュー冒頭で触れた龍にまつわるエンターテインメント作品でも、西洋ファンタジーの世界観となるRPGゲームにおいて、世界を支配する竜王すなわちドラゴンは、倒すべき相手。かたや、球を集めると願いを叶えてくれる神龍は、まさしく瑞祥。西洋と中国、それぞれの世界観を反映した作品の中のドラゴンと龍に、知らず知らずのうちに触れていたことに気づかされたのでした。
人々の暮らしの中の龍
本書では、神話や伝承の物語や政治にまつわる歴史だけでなく、人々の生活と切り離せない自然や文化における龍も取り上げています。
例えばそれは「画龍点睛」「龍頭蛇尾」「登龍門」といった故事成語から、「龍穴」「龍井」「龍門」「龍宮」「龍脈」など龍の名が付けられた自然のスポット、さらには龍の形状の移り変わりが楽しめる装飾品など様々。多数の写真と併せて紹介しており、龍がもつその迫力などもビジュアルを通じて感じることができます。
秦の始皇帝から李斯、三国志でおなじみの諸葛孔明など歴史上の人物や、山東省、湖北省、函谷関といった中国各地の地名がふんだんに出てくる本書。より立体的に理解する意味でも、歴史の教科書や中国地図などを開きながら読み解くのも面白そう。
2024年は辰年。本書は日本人にとっても身近な龍を、あらためて深く知るきっかけを与えてくれ、知識欲も満たしてくれる、龍の一年を目前に控えた今にふさわしい一冊です。
◇著者特別協力(提供)◇
約3700年前、夏朝の王族の墓から出土したトルコ石の龍
山西省大同の九龍壁は中国最大(明代、幅:45.5m 高さ:8m 厚さ:2m)
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
twitter:@hoshino2009