自転車に乗り始めてから40年近くになる。ほぼ毎日こいでいるおかげで足の筋力もついたし、それなりに持久力も身に付けられたと思う。何より、自転車で風を切って走る気持ちよさは大げさでなく心の支えになっていて、もし「今日から自転車に乗るな」と言われたら猛烈に意気消沈するだろう。完全無欠の健康体とも言いがたいが、自転車に乗っていなかったらどれだけ不健康に陥っていただろうかと思えるほどには、恩恵を受けているつもりだ。
それでも自転車がどれぐらい健康にいいのか、具体的に知らなかった部分はある。ランニングやウォーキングに比べて、便利で楽ちんな「文明の利器」を使ってしまっているので、それほどトレーニング効果などには繋がらないのではないか……などと弱気になっていた節もある。そんな疑念に明快な答えをもたらしてくれるのが、本書である。
いわゆるプロ顔負けのサイクリストを目指すような指南書ではなく、日常生活レベルで自転車の継続的活用を奨励する一冊なので、普通の人も手に取りやすい。何よりコンセプトが良い。
本書では、自転車との付き合い方を「疲れない」というキーワードから紹介していきます。つらい運動は長続きしません。疲れないで運動強度を上げることができるのか、と思われた方もいらっしゃるでしょう。実は、運動強度を高めるためには「疲れない」乗り方をすることがポイントなのです。
疲れない……なんと心強いスローガンだろうか。とはいっても、実は気づかぬうちに「疲れる乗り方」や「非効率な乗り方」を続けてしまっているケースもある。そういう自転車乗りにとっても蒙を啓く必読の書と言えよう。
第1章「健康づくりのための自転車の活用術」では、自転車の物理学、疲れずに運動強度を高める自転車の乗り方、どのタイプの自転車に乗ればいいか、といったトピックが具体的な分析データを交えて語られる。イラストやグラフも本書全体に散りばめられ、非常にわかりやすい。
図:酒井春
たとえば、サドルを高く設定することによる効果、ペダルをこぐときに意識すべきこと、軽めのギアで高回転がいい理由、クロスバイクをすすめる理由……それらの詳しい解説は、普段はママチャリと呼ばれる軽快車しか乗ったことがない人や、意固地に重いギアだけで走ろうとする筆者のような古いタイプの自転車乗りも「なるほど」と頷かせてくれることだろう。プロ級のこだわりを持ったサイクリストにとっては「自明の理」のような内容かもしれないが、世の中そんなマニアばかりではない。変速ギアの役割についても「疲れない」というキーワードを前提に考えると、意識が変わってくる。
初心者は、スピードを出すために変速ギアが必要だと考えがちです。変速ギアの本来の目的は、状況に応じて脚への負担を軽減しながら、ペダルの回転数を一定に保つことなのです。
電動アシスト自転車の活用法にも触れられていて、なんでもかんでも人力にこだわる必要はなく、「文明の利器」にも大いに頼ったほうが継続的かつ効果的に楽しく運動を続けられる、というシンプルな事実を教えてくれる。また、その役割はあくまで「アシスト」であって、実は意外と自分の力でこいでいる部分が大きいこともデータで示される。機械に頼ったらズルだと考えてしまいがちな自転車乗りにとっては、偏見を打破される内容だ。
アシスト自転車は、ペダルを踏み下ろすときに掛かる「トルク」(回転軸を中心に働く力のモーメント)を感知して、モーターを使ってクランク軸を回しています。自転車メーカーの方に聞いてみたところ、乗り手に違和感がないようメーカー独自の設定で、アシストが働くまでに若干の遅れをもたせたり、アシスト力の上昇率に工夫を凝らしたりしているそうです。そのため、速くペダルをこぐとアシストの恩恵を受ける前に、自身の脚の力でペダルを回転させる距離が長くなり、アシストの関与が小さくなるのではないかと考えられます。
第2章「運動強度から見る自転車と身体の関係」、第3章「身体が変わる『自転車の効果』」では、より科学的に自転車運動と身体の健康の関係性について解説されていく。応用生理学、バイオメカニクス(生体力学)の立場から、自転車運動の健康づくり効果について研究してきたという著者ならではの徹底した分析が与える説得力は大きい。「散歩では効果が出にくい」「自転車運動は血糖値が下がりやすい」などなど、健康を気にする世代にとっては興味深いトピックが満載だ。日本の公道では頻繁に行わざるを得ない信号待ちなどの停車・発進も、一見無駄に思われがちだが実はインターバル・トレーニングに繋がるなど、新たな知識の数々も授けてくれる。
本書終盤では、自転車を使った理想的な運動量について「片道6キロメートルを週5回」という目標も示される。自転車通勤・通学に慣れていない人にとっては、なかなかの数字に思われるかもしれないが、そこまで苛酷な運動量でもない。著者も語るように「あなたが身体を本気で変えたいと思うなら、その程度の覚悟は必要」だろう。ただし人によっては、住んでいる場所の地形、交通事情、気象条件によってもイメージは違ってくるだろう。あくまで「安全に」「快適に」「疲れないように」を心掛けたうえで自転車と付き合っていければ、きっと楽しいはずだ。
図:酒井春
あとがきには、ひっくり返るような著者の「告白」も待ち受けているが、本書で学んだ知識は読んだその日から役立つはずだ。第4章「自転車をもっと楽しむために」には図解入りで実践Q&Aも用意されていて、すぐにでも実行してみたくなること請け合いである。読了後は、まずは「サドルを高く」「軽いギアで高回転」あたりから始めてみてはいかがだろうか。
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。