男性にも更年期はある
「男にも更年期ってあるんだよ」と50代以上の友人たちは口を揃えて言う。なんとなく本調子ではない日が続いたり、気持ちが塞ぎがちだったり。そしてとにかく太りやすくなる。やがてそれは一時的なトラブルではなく、それこそが自分の日常であると気がつくのだという。「暗雲」と表現した人もいる。ベルトがキツくなったお腹をつまんでは「俺、このまま年取っちゃうのかな?」と途方に暮れるらしい。
ブルーバックスの『50歳からの科学的「筋肉トレーニング」 若いときとは違う体をどう鍛えるか』を読むと、中高年の男性が自身の肉体に対して感じていた異変の正体と、彼らがよりよく生きるためのトレーニング法がわかる。異変の鍵は「男性ホルモン」と呼ばれるテストステロンの低下だ。
男性のテストステロン・レベルが低いと、血中にタンパク質と結合して存在している中性脂肪の分解が促進され、分解された中性脂肪は脂肪細胞に蓄積されて体脂肪を増やすと考えられています。面白いことに、皮下脂肪と比較して内臓脂肪はテストステロンと結合する受容体の密度が高いため、テストステロンは皮下脂肪をより減少させます。
中高年になってお腹がぽっこりしてくるのはテストステロンの減少が原因だ。では、テストステロンを増やすことはできるのか?
本書の著者はテストステロンの研究者であるフィンク先生。男性のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)やアンチエイジングの専門家だ。鍛え上げた立派な肉体の持ち主であるフィンク先生は、テストステロンの働きと、テストステロンの低下を見据えた体作りのメソッドを説く。本書は、筋トレをこれから始める人に加え、すでに筋トレに取り組んでいる人へのメッセージでもある。
トレーニングをしているにもかかわらず、中高年になってこのような体の変化が起きるのは、間違ったトレーニングをしているからではなく、テストステロンが低下しているからです。
「どうしちゃったんだろう、なにがいけないんだろう」と悩むトレーニーにとって心強いアドバイスになるはずだ。本書は中高年の男性向けの内容になっているものの、栄養や睡眠、トレーニングの基本的な考え方は女性の私でもすぐに取り入れられた。
第一部は筋肉とテストステロンの生理学的な関係と、筋トレの基礎的な知識が得られる。「レップ」や「セット」といった筋トレ用語もわかりやすく教えてくれる。そして第二部は初級者から上級者まで各レベルごとに構成されたトレーニング・マニュアルだ。6週間の綿密なメニューで「何の種目を何回やり、休息は何秒はさむか」を明確に示し、レベルに合わせたアドバイスが並ぶ。
初心者に向けては
これまでほとんど運動に無関心だった人が、中高年になって健康のために始めるには、筋トレは最適なスポーツ
と励まし、中級者には
「昔のキレ」は忘れましょう。
と優しく諭(さと)す。そして上級者には
長年同じことを行っていると、「慣れ」がきます。自分が行っていることがベストだと思い込み、ずっとそのやり方を続ける人も多いと思います。
と鋭い指摘をくれる。各パート金言揃いだ。
ウエイト・トレーニングの種目の解説もとても面白い。
最近の私のお気に入り「ハック・スクワット」も紹介されていた。これをうつ伏せでやると本当につらいけれどお尻とハムストリングスにガツンと効くんだよなあ。
実用的かつ科学的な面白さのある指南書の一部を紹介したい。
テストステロンが筋肉を大きくする
本書ではまずテストステロンと筋肉の発達の関係性を解説する。たとえばこんな実験によってテストステロンの大切さがよくわかる。
この研究は若い男性に、週に各々25、50、125、300、600mgのテストステロンを投与しました。その結果、投与したテストステロンの量が多いほど、筋肉量・筋力が増加傾向にありました。(中略)同研究グループは同じくテストステロンを高齢男性に投与し、検証しました。すると結果は同様で、テストステロンの投与が高いほど、筋肉量と筋力が上がる傾向にありました。
グラフはこちら。
筋肉へのアプローチがブルーバックス的で楽しい。さらにフィンク先生は次のように指摘する。
興味深いことに、少量のテストステロン(50mg、125mg)は若者に比べて高齢者においてより効果的でした。高齢者はもともと若者より血中テストステロンが少ないため、少量でも血中テストステロン値が上がることが原因です。(中略)つまり、中高年でも若者の平均的なテストステロン値と同じになるくらいのテストステロンを投与すれば、若者のように筋肉が付くはずです。
本書ではテストステロン補充療法についても丁寧に解説されている。メリットと注意点、そして医療関係者に相談する重要さがわかるはずだ。個人的にはテストステロン補充療法とアナボリック・ステロイド(筋肉増強剤)の違いがとくに面白かった。
そして筋トレ側からテストステロンに与える影響もある。筋トレによってテストステロンが一時的に増えるのだ。
いくつかの研究によって、どのような筋トレ方法、つまりどのような強度と休息の組み合わせが、血中テストステロンを最も上昇させるかが検証されています。(中略)脚のような大きな筋群では、「中の強度・短い休息時間で、負荷総量の多いトレーニング」がもっとも血中テストステロンを増加させました。実は、多くのボディビルダーがそのようなトレーニング方法を用いています。
たしかにゴロッと大きなマッチョのトレーニング風景をそっと観察していると、休憩の間隔が短いことが多い。彼らは歩く計画性だ。テキパキと丁寧に鍛えて颯爽と立ち去る。そして「中の強度・短い休息時間のトレーニング」は、中高年にも適している。
若い頃はどんどん重量を増やしていっても問題ありませんが、中高年になるとある程度重くなるとなかなか回復できなくなるうえに、関節が耐えられず怪我が多くなり、どんどん重量を増やしていくやり方は適していません。
トレーニングをしていると、つい「何キロのバーベルでスクワットができた!」などと喜びがちなので気をつけたい。
タンパク質の摂り方もちがう!
筋トレと切っても切れない関係にあるのが食事だ。筋肉を作るためにはタンパク質が大切な役割を果たすが、ここでも中高年ならではの注意点がある。
若い頃は何を食べても太りづらくて、筋トレをしてご飯を沢山食べれば大きくなっていたのに、中高年になるとなぜか上手くいかない。そんな経験はないだろうか。ちゃんと理由がある。こちらの図がとてもわかりやすく、かつ衝撃だった。
筋肉が大きくするにはタンパク質合成(MPS)を起こす必要がある。そして若者は10gのタンパク質でもきちんとMPSが起こるのに対し、中高年の体には10gぽっちのタンパク質なんてさして響かない! つまり、より戦略的に食事を摂(と)ることが大切になるのだ。
本稿ではタンパク質の解説を取り上げたが、他の栄養素についても何を摂るべきで何は不要であるかが紹介されている。睡眠も食事も運動も「なんとなく体にいい」ではなく「なぜ健康と筋肉に効くのか」を理解して作戦を立てると、やりがいが出るはずだ。
年齢とともに男性ホルモンが減少し、やがて更年期が訪れても、それを克服し健康的に生きる方法はあると本書は教えてくれる。240ページにヒントがぎっしり詰まっている。ぜひ挑戦してほしい。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。