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2023.11.14

レビュー

【中野信子×兼近大樹】出会うはずのないふたりが織りなす科学と笑いのミルフィーユ

「笑い」ってなんだろう

腹立たしいニュース、辛くやりきれないニュースを見聞きする機会が一段と増えたように感じる。そんな日々に、光のように差し込むのが「笑い」である。嬉しい時の微笑み、楽しい時のはじけるような笑い……。もしこの世に「笑い」がなかったら、私たちの人生はもっと過酷に違いない。しかし、笑いを楽しむ生物種は、地球上で人類だけだという。人はなぜ、笑いを求めるのだろうか。

『笑いのある世界に生まれたということ』は、脳科学者の中野信子先生と、お笑いコンビ「EXIT」の兼近大樹さんという異色の組み合わせによる対談をまとめた一冊だ。その組み合わせから笑いを科学でライトに解説してくれるものと思いきや、冒頭にはこう記されている。

この本は、脳科学からお笑いを分析する、という本ではありません。

では、お二人は何を語ってくれるのだろう。それは、「“笑い”とはいったい何なのか」という根源的な問いへの答えだ。人はなぜ「笑い」が好きなのか。なぜ人間だけがお金や時間、手間暇をかけてまで「笑い」を求めるのか。「笑いが起こる構造」とはなにか? ……さまざまな切り口から「笑い」について語りつくす。

あるテレビ番組で出会った二人は目下、中野先生が受験生である兼近さんのサポートをしている間柄だという。対照的に見える二人だが、中野先生は兼近さんについてこう語る。

芸人の先輩のみなさんがよく、「兼近は地アタマがいい」とおっしゃっているのを見ます。中野も兼近君を見ていて、一緒に勉強してみて、飲み込みが速く、非常に応用力があることがよくわかりました。何より、かなり真面目な人だということもよくわかりました。

(前略)笑いがどれほど力強いものであるか、多くの人に知ってもらいたいです。中野も学びたいのでぜひ、ここからは兼近先生と生徒・中野でいきましょう。

この本は、読んでいてとても気持ちがいい。全く違う世界を生きてきた二人が互いをリスペクトしつつ語り合う様子がいい。そして兼近さんのフィールドである「笑い」が、中野先生によって脳科学や心理学の視点からさらに分かりやすく言語化され、その構造をひも解かれるさまはまさに圧巻の一言だ。

芸人に学べ

第2章では、笑いが起こる構造について語られる。お笑い芸人たちは、なぜあのように人を笑わせることができるのか。そこには人の心の奥底を刺激するテクニックがあるという。笑いを起こすための「緊張と緩和」「裏切り」「共感」を、兼近さんがお笑い芸人たちの笑いを例に挙げ、解説していく。
たとえば、「裏切り」の理論。兼近さんは自身が所属する「EXIT」の笑いについて、こう語る。

EXITがやるのは裏切りの笑いです。そもそもそれは見た目から始まっていまして、僕らがめちゃめちゃチャラい、なんか嫌だなとさえ思わせる格好をしているのは、この見た目で地球温暖化についてのネタをやり始めたり、少子高齢化について語り始めたりすることで、あれ? 意外にしっかりしているねと、聞き手の予想を裏切って驚かせることができるからなんです。

このように、衣装のスタイリングを含めたビジュアルにも「笑い」に対する計算が隠れている。カズレーザー氏の「金髪に真っ赤なスーツ」と、教養の高さを感じさせる知的な芸風のギャップを思い浮かべてもらえると分かりやすいだろう。
一方で、どんなに売れている芸人のギャグでも、一般人がただその真似をするだけでは面白くならないのにも明確な理由がある。ということは、芸人たちのハイレベルな笑いも、それを作る要素をはき違えさえしなければ、再現性も高いのではないか……。と思わせてくれる。兼近さんが笑いを解説し、中野先生が脳科学の観点からの裏付けをする。思わず膝を打つそれらの理論は、「こんなに話して大丈夫?」と言いたくなるお笑い芸人の企業秘密だ。
お笑い芸人のコミュニケーション力や、芸人が「おいしい」と思う状況、上手なリアクション、「いじり」と「いじめ」の違いなど、こうした笑いの構造を理解してくると、相手が笑わせようとしてスベったりすることもわかり寛容にもなれる。だから、仕事はもちろん、人間関係も豊かになりそうだ。

科学と笑いのミルフィーユ

この本にはそういうことか!という驚きや、目からウロコが落ちる楽しさがぎっしり詰まっている。笑いのセオリーを、こんなにも分かりやすく書いた本は初めてではないだろうか。
「笑い」がテーマの本書だが、「地アタマ(のよさ)」というワードが何度か出てくる。笑いと地アタマの関係は本書を読んでいただくとして、お二人のやり取りを見ていると、「頭の回転が速いと、畑違いの分野の人とここまでシームレスに打ち解けて、このような大きなテーマを言語化していくことができるのか……」というちょっとした驚きも味わえるのがまた楽しい。
兼近さんは言う。

出会うはずのないふたりが織りなす科学と笑いのミルフィーユは如何でしたか?

ぜひ、この「知性の重なり」に触れてみてほしいと思う。

レビュアー

中野亜紀

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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