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日本社会が患う「ニホンという病」を診察、好き勝手にアドバイスを処方する!

ニホンという病
(著:養老 孟司/名越 康文)
2023.06.30
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老人は本当に敬うべきか

年老いた人を敬いなさい。多くの道徳はそう教えています。正しかったのだと思います。すくなくとも、その思想が醸成された時代においては。
古来、老人とはそんなにいないものでした。医学が発達していない社会では、体力のない者は死ぬしかありません。そこで生き残って年寄りになるためには、体力はもちろん、知力も運も備えていなければならなかったのです。かつて、老人とは優秀の証であった。そう言いかえていいと思います。

残念ながら、現代日本はそういう社会ではなくなっています。後期高齢者である私の母親は「マナーが悪いのはみな老人だ」と語りました。そんなはずはなかろうと思いますが、そう感じるのも仕方ないのかもしれません。若者より老人が圧倒的に多いのですから、母親の目につく「マナーの悪い人」が全員老人であるのは無理からぬ話です。

この本の語り手のひとり、養老孟司先生は現在85歳になられます。戦前のお生まれです。対する名越康文先生は64歳、いまだ現役でいらっしゃいますが、人生50年時代においてはまごうことなき老人と呼んで差し支えないでしょう。

つまり本書は、あえて意地の悪い言い方をするならば、じじい二人が好き勝手なことをしゃべってできた本です。とはいえ、傾聴すべき意見は多くあります。この本の惹句(じゃっく)は「読んでも治りませんが、大量のヒントはあります」というものですが、まさにそのとおりです。

自分たちがやったからですよ、明治維新を。戦後もやったでしょ、まったくの異文化を持ってきて、同化させるという。ものすごく楽観的というか。そんなものうまくいくわけない、アフガン見ても、イラク見ても。
日本だけが例外的にうまくいっちゃった。本当にうまくいったのかどうかは分かんないけど。実は、あるところまではいっているわけですよ。国民の間で何百年もやってきたことを平気で切り替えちゃって、そういうことが可能だって(日本人は)頭から思っている。

これはウクライナ戦争について養老先生が述べているのですが、民族が長い年月をかけて培ってきたものは、基本的に変えることはできません。アフガンもイラクもそうだったし、たぶんウクライナも同じでしょう。簡単に変えられると考えることが「ニホンという病」の病徴のひとつです。

常識は本当に正しいのか

本書は、従来なら抱けないような知見に満ちています。
すくなくとも自分は、「俺はずいぶん重いニホン病にかかってるようだぞ」と感じる瞬間が幾度となくありました。

先のことで心配するのなら、(中略)南海トラフ地震とその復興問題ですよ。その時、巨額の復興資金を出す余裕があるのはたぶん中国だけなんですよ。そういう時は背に腹は代えられないから、いろんなものを輸入して、食料とかやっていかなきゃいけないでしょうね。
その時に金がなかったらどうしようもない。それを出してくれるのは中国だけでしょう。最悪の場合、日本が身売りしなきゃいけなくなる。そうした事態に適応することを考えた方がマシだということですよ。

大地震は近い将来かならず起こるといわれています。東日本大震災と同じかそれ以上の死傷者を出し、甚大な被害をこうむることもあり得るでしょう。にもかかわらずその備えをしようと語る人が少ないように思えるのはなぜでしょうか。「起こって欲しくないことは起こらない」と考えるのもまた、重度の「ニホン病」のように思えます。

また、その考え方はしたことがなかったな、と感じることもたびたびありました。

メタバースとは簡単にいえばインターネット上の仮想世界に生きることですが、自分は当初からこれをマユツバだと考えていました。
メタバースを体験するためにはVRゴーグルが必須ですが、あれは重すぎです。あんなもんつけて仮想世界に何時間もいるなんてできるわけがありません。
『竜とそばかすの姫』という映画は、田舎の垢抜けない女子高生が仮想世界で人気歌手になる話ですが、あの映画では仮想世界に入るきっかけを「ワイヤレス・イヤホンをつける」こととしていました。メタバース世界はそのぐらい装着感がないものでなければ実現しないでしょう。いかにITの進歩が速いとはいえ、飛躍がすぎるように思っています。

ところが、養老先生は次のように語っています。

皆さんメタバースというと新しい世界、空間ができると受け取られているでしょうが、僕は後ろ向きに考えているんですよ。将来に向かって残すということです。現状を。だから特に、ラオスの森とかそういう自然ですね。実際に行かなくても行った感じになれる。そのデータを取っていくと、100年たっても「100年前はこうだったんだよ」ということが分かる。

ああそうか、そういう使い方があるのか。メタバースは有効なんだ。目からウロコが落ちるように思いましたし、これこそが老人の知恵だと感じ入りました。

たばこは本当に有害なのか

本書は、喫煙の素晴らしさが随所で語られ、最後にそれを主題とした文章で終わるたいへんめずらしい本です。
喫煙が身体に悪いことは事実でしょうが、禁煙のストレスのほうがもっと身体に悪いとは聞いたことがあります。
自分は喫煙者でしたが、現在はやめています。健康のことを考えたわけではありません。たばこ税が高いためにたばこが高級嗜好品になり、習慣とするにはあまりに非経済的なものになってしまったからです。
本書には、なぜたばこ税が高額になったのか、そのからくりも述べられています。あるいはこれも、「ニホンという病」のひとつなのかもしれません。

すくなくとも、喫煙すると長生きできないというのは大嘘だというのは養老先生の存在によって証明されています。85歳のおじいちゃん、たばこ大好きですよ! しかも、あなたが思いつきもしないような知恵をたくさん持っているんだ。
これは、それが得られる貴重な本であります。

『ニホンという病』書影
著:養老 孟司/名越 康文

解剖学者の養老孟司と精神科医の名越康文という心配性のドクター二人が異次元の角度から日本社会が患う「ニホンという病」を診察、好き勝手にアドバイスを処方する。
2022年冬、春、夏、秋、2023冬と5回に渡って行われた対談をまとめ、新型コロナやウクライナ侵攻といった時事的なテーマから、南海トラフ地震、脳科学、宗教観、自然回帰、多様性、死と再生など、実に30に及ぶ対談テーマをもとに繰り広げられた賢者二人の思考の世界が楽しめる。
一部を紹介すると
・日本社会に内包する問題、本質については
(養老)日本人は楽天的に考えて、本質に関わるところは変えなくていいことにしようとしてきたわけです。表層的なところだけを変えてきた。和魂洋才が典型だと思うね。明治維新は政治で動いたからまだいいですよ。戦後(太平洋戦争終結後)は何をしたかっていうと、日常生活を変えちゃったわけですよね。
人間の社会ってそんなややこしいものを理屈で簡単に割り切れるもんじゃない。終戦後、それを割り切れると思ったのがアメリカであり、日本だったわけです。

・さらに専門家によれば2038年までに来ると言われている南海トラフ地震で、明治維新、太平洋戦争敗戦以来の大転換を迎えるが、
(養老)この国で初めて、政治とか経済じゃなくて、それぞれの人の生き方が問題になってきますね。どういうふうに生きたらいいかって。何といっても、第一に子どものことを考えなきゃいけない。今の時代、子どもがハッピーでないのはハッキリしていますからね。それでなければ、自殺が若い人たちの死因のトップになるなんてあり得ないですよ。80代が元気な世の中っていうんじゃ話にならない。
(名越)これからは生き方自体をなだらかにでも急いで変えていくべきだということです。南海トラフをどうとらえるかは、メディアを通じてもっと多角的に、バラエティ番組なんかで伝えて議論すべきだと思います。
死というものを深刻に考えたくなければ、ライフスタイルを変えていくことが大事だと思います。数年、5年ぐらいの単位で、自分がどこに住むのかとか、どういうことに生きられる時間を溶かしていくか。価値観が変われば日本人のライフスタイルが5年ぐらいで結構変わっている可能性があると思います。

どのテーマでも二人の独自視点で語られて、生き方のヒントがつまった1冊だ。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/

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