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異次元緩和は限界。日銀がいくらでも国債を買い入れられた時代はもう終わりだ。

日本銀行 我が国に迫る危機
(著:河村 小百合)
2023.04.14
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1ドル151円の円安は「無風」日本への警笛

2022年10月、円安が進み、1ドル=151円を超えた。その動きのニュース解説の大筋は、こうでした。

アメリカの急激なインフレを抑止するために、FRBのパウエル議長が、段階的に金利を上げ続けると宣言(実際にガッツリ上げて、今も上げ続けている)。これに対して日本銀行の黒田総裁は、「景気を後退させない!」と異次元緩和(超金融緩和政策)を維持した。お金は金利の低いところから高いところに動くので、急激な円安が進んだ。

「なるほど納得。問題はアメリカのインフレと金利の上昇なのね」で、済ませてよいものか? 本書『日本銀行 我が国に迫る危機』の著者は、「急激な円安は、危険が近づきつつあることを知らせる重要かつ貴重なシグナルだ」と指摘する。景気後退のリスクをものともせず利上げを断行するパウエル議長と、「景気を後退させないためには利上げはしない!」と頑なな黒田総裁。異次元緩和をやめない理由が、景気動向以外にあるとすれば……?

日銀はこれまで、これほど大規模な異次元緩和を、これほどの長期間続けてきてしまった結果、ひとたび利上げ局面に入れば、中央銀行としての財務運営はたちどころに悪化し、赤字に転落するのが確実な状態にすでに陥っているのです。しかもその状態が数年続くだけで日銀は債務超過に転落するうえ、数十兆単位、場合によってはそれ以上の相当に大幅な債務超過状態が、数年とか10年という程度の期間では済まず、数十年単位で長期化する可能性すらあるのです。

もしそうなった場合、穴埋めは政府が国民からの租税を充当して補填するしかありません。

消費者物価の前年度比上昇率目標「2年で2%」を掲げて始めた異次元緩和。10年も「効果が出るまで粘り強く」と言い続け、毎月2%を超える上昇率を見せる今は「これは持続的・安定的な物価上昇ではない」と、異次元緩和が続いています。アベノミクスの旗の下、「リフレ派」と呼ばれる人たちは「物価上昇を起点に賃金上昇も起こり、景気も回復する」「強い政治のリーダーシップで、中央銀行は超低金利状態をいくらでも長引かせることができる」と言います。しかし、それも無理スジのようです。

超低金利状態は、日銀が国債を買い入れ続けさえすれば、何のコストも負担もなく作り出せるものでは決してないのです。
この先、そう遠くない将来に、超低金利状態を作り出すうえでの相当なコストにもう日銀自身が耐えられない、ということが突然、明らかになったとき、我が国の財政運営は、これまで長らく続いてきた「無風」状態から一転、現状の歳入・歳出構造のままでは一気に行き詰まる可能性があるのです。

日本は今、「このまま異次元緩和をどこまで続けられるか?」という切迫したチキンレースに置かれています。にも関わらず、そこから抜け出す出口戦略については、これまで「時期尚早」の一言で片付けられ、ついぞ黒田総裁の口から語られませんでした。そして4月8日、日銀総裁の座は植田和男総裁へ……。このレースで勝ちを確定させたのは、黒田東彦総裁ただ一人かもしれません。

放漫財政の打ち出の小槌

量的緩和政策は日本だけではなく、そのほかの中央銀行、アメリカのFed、欧州のECB、英国のBOEでも行われました。しかしそれらの中央銀行は、2001~2006年に先んじて日銀が行った量的緩和政策を徹底的に研究し、出口戦略を立てていました。アメリカのFedは期限付きで効果を見定めながら量的緩和政策を行い、同時に出口戦略も公表。また英国のBOEは、量的緩和政策からの出口局面で損失が発生することを見越して枠組みを組み立てていたといいます。では、なぜ日本だけが期間も区切らず、国民に出口戦略を説明することもなく、漫然と異次元緩和政策を続けたのか?

2013年、リフレ派の影響を受けていた安倍首相が、前回の量的緩和でデフレから脱却できなかったのは、日銀の金融緩和が足りなかったからだとして、アベノミクスを開始。「日銀は政府の子会社」というスタンスです。日本銀行法で定められた「金融政策の独立性」「業務運営の自主性」はないがしろにされ、量的緩和政策が続けられたのです。

その最大の理由は、異次元緩和が放漫財政を助長する道具と化してしまった点にあるでしょう。それは、我が国の財政事情に関する然るべき危機感を持ち合わせず、財源の裏付けのない“バラマキ”的な財政政策を行って国民の歓心を買い、国民の支持率の押し上げにつなげたかった政権にとっては極めて都合のよいものだったのです。

国債を財源にしたガソリン補助金、電気・ガス料金の支援。岸田首相がブチ上げた防衛費の大幅増額の一部も、建設国債で賄われます。



黒田日銀の異次元緩和が放漫財政を助長する道具と化したのは、何よりもこの利払費を極小化させられるようになったことによります。我が国はもとから世界最悪の財政事情にあったにもかかわらず、アベノミクスの“機動的な財政出動”で新規発行国債の大幅増発による大盤振る舞いを続けても、その後のコロナ危機でさらに大幅に国債の発行残高を積み増しても、この利払費はほとんど増加せず、世界最悪の国債残高の規模からすれば異様なまでに小さい規模で済ませることができてしまう状況が、異次元緩和によって作り出され、長期間にわたって維持され続けてしまっているのです。

著者は現在の状況を、同じくインフレと国債残高に苦しんだ60年前の戦後日本と重ね合わせてみせます。債務不履行(デフォルト)回避のために行われた「国内債務調整」により、いかに国民が苛烈な負担を負ったか? 国民の資産を貧富の差なく吸い上げた「財産税」で、国債の元本の償還が行われた事実。それらを「忘れていた」「知らなかった」では済ませられません。

「日本には国債残高を上回る2000兆円を超える家計金融資産があるから、財政破綻などありえない」という人がいます。それはそうかも知れません。しかし同時に、その金融資産を保有する全体のほぼ3分の2を60歳以上の高齢世代が保有していて、そうした担税力のある層の負担が低い税制に、不公平感は拭えません。

“不公平”を感じている層が正直に行動した、行動せざるを得なくなった結果が、“国全体としての経済活動の低迷”という形で現れているのです。現状の税制は、超低金利状態の長期化で資源再分配機能が低下した金融と並び、我が国に低成長という結果をもたらした大きな原因の一つだろうと私は考えます。

「政府の子会社」と言われ、打ち出の小槌として扱われている日本銀行。しかし打ち出の小槌は、欲を出した登場人物が使うと欲しいものではないものが現れ、痛い目に遭う展開が定番です。10年間振り続けた小槌から現れたのは「低成長」でした。まだ振り続けるのであれば、次に現れるのはなにか? 市場が答えを出す前に、日銀の……いや、あなたの行動が求められています。

  • 電子あり
『日本銀行 我が国に迫る危機』書影
著:河村 小百合

2013年日銀が「量的・質的金融緩和」(異次元緩和)を始めてからもうすぐ10年が経つ。世界経済の急激な局面の転換によって、わが国は、この“超低金利状態”を維持できるかどうかの瀬戸際、まさに崖っぷちに立っている。これまでの放漫財政路線を安易に継続し、異次元緩和を強引に押し通し続けようとすれば、遠からず、どういう事態に陥るのか。そして、それを回避するためには、私たちは何をなすべきなのか。世界の中央銀行の金融政策と財政に精通したエコノミストが警鐘を鳴らす。

異次元緩和は限界
日銀がいくらでも国債を買い入れられた
時代はもう終わりだ

●長期金利は“糸の切れた凧”に
●新規国債発行ストップで、社会保障費も防衛費も義務教育の国庫負担金も一律4割カットに
●財政破綻したギリシャは預金者1人・週当たり5万強の預金引き出し規制に
●最悪の事態を回避できる道はないのか

本書の内容
プロローグ 異次元緩和から9年、ついに現れた不穏な兆候
第1章 日本銀行に迫る債務超過の危機
第2章 我が国の財政運営に待ち受ける事態
第3章 異次元緩和とはどのようなものだったのか
第4章 欧米中銀との金融政策運営との比較でわかる日銀の“異端”さ
第5章 異次元緩和が支えたアベノミクスと残された代償
第6章 事実上の財政破綻になったら何が起きるか──戦後日本の苛烈な国内債務調整
第7章 変動相場制下での財政破綻になったら何が起きるか──近年の欧州の経験
第8章 我が国の再生に向けての私たちの責務 

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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