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有限な人間は「無限」を使いこなせるのか! 多くの数学者が魅せられた無限の世界

2023.03.31
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無限がもたらす「めまい」

数学は高校の「数Ⅱ」でつまずいた。その兆候は、もっと手前の中学からあった。

ユークリッド幾何,それは初等幾何ともよばれ,だいたい皆さんが中学校で勉強した幾何と思ってよい。中学校時代を思い出してみよう。(中略)難しくて,なかなか解けない問題もあった。ときには,たった1本の補助線を巧みに引くとたちまち証明できた。その瞬間が感激だった方も多いだろう。一方,そんなわざとらしい補助線が好きになれず,幾何が嫌いになった方も多いだろう。

という箇所を読んで「ほんそれ!」と膝を打った。補助線を引けば解けるのはわかった。しかし「どうしてそこに補助線を引くのか?」がわからない。ただ、そうすれば解けるのだから、とにかく補助線を引けばいいのだと思った。それは「テクニック」であって本質的な「理解」ではないから面白くない。テクニックだけを覚える私は次第に落ちこぼれていった。

本書『無限とはなんだろう 限りなく多く、大きく、遠いふしぎな世界』は、「無限」について“わかりやすく”書かれた本だ。ぎり「数Ⅰ」の知識しか持ち合わせない私には、本書に出てくる数式は“わかりやすく”はないのが正直なところなのだけど、「面白いのか?」と問われれば「滅法!」と即答する。全体の一部しか読み解けないとしても、その一部は「テクニック」ではなく「理解」だからだ。理解は楽しい、というか快楽だ。著者が「えっ、まだわからない? もう少し詳しく解説しよう」と、(少々いじわるな言い方だけど)根気強く語ってくれるのもいい。そして理解が一部だとしても、「無限」というテーマはとても興味深い。自分の数学力の及ぶ範囲内ではあっても、途方もない広がりを相手にする「めまい」と、その無限世界の一端を掴む感覚を同時に覚えさせてくれる。もし、あなたが「高校数学はひととおり理解している」というのであれば、この本はもっと楽しいに違いない。心底うらやましい。

  1. だが、この本を読めば「無限」について、まるっと理解できるというものでもない。

「無限を完全になっとくすることは永遠にできない。だから面白いのだ」ということをなっとくしていただければ,著者としてそれほどうれしいことはない。

これは、「無限」という魅惑の世界への扉なのだ。

8051を素因数分解せよ!

「無限」を考えるとっかかりとして、「素数」が登場する。素数といえば、1以外の自然数で、1と自分自身以外の数で割り切れない数だ。この素数は、無限にあることが証明されている(その証明もきちんと書かれている)。素数といえば、思い出すのが「素因数分解」。懐かしい言葉の響き! 自然数を素数の積として表すやつですよ。たとえば「60」を素因数分解すると、60=2・2・3・5となる。

中学校からなじんでいるので素因数分解は簡単と思われているかもしれないが,素因数分解というのは実に時間がかかる至難のわざである。

と言われて、「なにをおっしゃる」と思ったあなたは、私と同類の可能性が高い。本書に出てくる「8051を素因数分解してみよう」と言われて、きっと頭がフリーズするはずだ。

8051は100・100=10,000より小さいから,8051がab(a≦b)と,積に表されたとすると,aは100より小さいはずである。したがって2から100までの素数を考え,8051がそれらで割れるかチェックすれば良い。

つまりは、2、3、5、7、11……と100までの素数で総当たり戦を挑むしかない。実は、自然数が大きいときの素因数分解には、膨大な計算の手間が必要で、コンピュータでも現実的にほぼ無限の時間がかかるものだ(8051レベルならなんとか力技でできないこともないが、それでも大変な作業だ)。しかし、8051という数字がひとりぼっちではなく、相手がいたときは話が違ってくるというという。それが(現在、高校数学Aで学ぶ)「ユークリッドの互除法」を使う方法。

例えば,8051と6557の最大公約数を求めてみよう。互除法とよばれる通り,お互いをどんどん割りあっていけば良いのである。
 まず,8051÷6557=1余り1494。次に
 6557÷1494=4余り581。さらに
 1494÷581=2余り332。この調子でどんどん計算する
 581÷332=1余り249。
 332÷249=1余り83。
 249÷83=3余り0。
計算方法がおわかりいただけただろうか。a÷b=q余りrを行ったら,次の行ではb÷rを行うのである。そして,余りがゼロになったらおしまいである。余りがゼロになった行の1つ手前の行の余り,すなわち83が最大公約数となる。
実際確かめてみよう。
8051÷83=97。97は素数であることが確かめられるので,8051の素因数分解は8051=83・97となる。

自分が何者か理解できずにいるひとりぼっちの自然数が、相手となる数字を見つけると、いとも簡単に素因数分解できてしまう。まるで恋愛物語のようだ。無限のなかにある、動かしようのない定理の存在。「ユークリッドの互助法」は、最古のアルゴリズムともいわれ、これを元に「RSA暗号方式」というものが生まれ、ネットでやり取りするデータの暗号化やデジタル文書の電子署名に使われているのだ。

素数やユークリッドの互除法のほか、そもそも限りなく遠いところ(無限遠)にある点(無限遠点)を、どう捉えるか? それが存在するなら、どういう視線であれば見ることが可能なのか? さらにはメビウスの帯、クラインの壺といったものの理解。ゲーデルの不完全性定理など、人類が得た「無限」を理解するための方法を、本書はほどいてくれる。しかし、「無限」についての問いは無限であり、尽きることがない。改めて高校数学の教科書あたりから学び直しながら、本書を繰り返し読み、巻末の面白げな参考文献を開けば、残りの一生分の娯楽には事欠かない。そういう楽しみのきっかけを得られる1冊だ。

『無限とはなんだろう 限りなく多く、大きく、遠いふしぎな世界』書影
著:玉野 研一

無限=∞、この究極的に不思議な概念をとらえることはできるのか? 古代哲学から、情報社会の暗号理論にまで顔を出す、奥深く、そして有用な∞に、現代数学で迫る! 数学の見方が変わる深遠な無限の世界を楽しもう!

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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