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「いいね」に疲れてしまった人たち。「普通」がもたらすしんどさから抜け出すヒント
(著:兼本 浩祐)
精神の病と健常
この本には、ほかではめったに見ることができない、たいへん勇気ある主張があります。
きわめてまれな書物です。
どうしてこんなに歯切れの悪い言い方をしてるのかな。
自分は当初、そう思いました。
著者である兼本浩祐先生は、医学博士であるばかりでなく、七千人以上の臨床経験を持つ凄腕の精神科医です。ひょっとすると、この経歴が歯切れの悪さを作りだしているのではないか。はじめはそう考えました。
学者の著書によく見られることですが、学術的に正確を期すために、持って回った言い方が連続することがあります。こっちはシロウトなんだから、ストレートな物言いをしてもらった方がわかりやすいんだけどな、とは思うのですが、正確な表現にこだわるのが学者というものなのかもしれません。
しかし、どうやらそればかりじゃないようだ。
その意図に気づいたのは、本書を読みはじめてしばらく経ってからのことです。
勇気ある発言
ADHDやASDを病なのだと考えるならば、いわゆる普通の人、あるいは健常発達的特性を持つ人も、見方を変えれば、じゅうぶん、病として捉えることが可能ではないか。そのような問題提起ができれば、この本の目的はじゅうぶん達したことになるかと思います。
「人間とは一つの症状なのだ」という世紀末に流行ったプロパガンダをもう一度声高に喧伝しようという意図はないのですが、健常発達的特性が極端になれば、それはそれでやはり耐え難くしんどいことはあるのであって、健常発達という病を考えることは、そのまま人間とは何かを考えることにつながるのではないかという方向性には、今もなにがしかの有効性はあるのではないかとは考えています。
本書の「歯切れの悪さ」の大きな要因のひとつがここにあります。
この本は、とても言いづらいことを主張しようとしています。それを言うために、本書はさまざまな例をあげ、慎重に論を展開しています。精神医学の研究成果ばかりではありません。著者自身の臨床に基づく知見はむろんのこと、テレビのドラマやバラエティなども俎上に乗せ、じつに幅広く考察をめぐらせています。
言うことは困難だ。しかし、誰かが言わねばならない――。
これほど勇気のこもった主張を、われわれはなかなか受け取ることができません。本書は、それが表現された希有の書物です。大きな賞賛を送りたいと思いますし、それを可能にした深い知識にも敬意を表します。
主軸となっているのは、ふたりの小学生の女の子の性格/行動分析です。あきらかにADHD的な性向をもつAちゃんと、いわゆる「健常」な性質をもつBちゃん。彼女たちを追いかけながら、本書は言いづらい主張へと近づいていきます。
生きづらいのはADHDのAちゃんじゃない。「普通」のBちゃんのほうじゃないか――。
「病(やまい)」が、ある特性について、自分ないしは身近な他人が苦しむことを前提とした場合、ADHDやASDが病い的になることがあるのは間違いないでしょう。一方で、定型発達の特性を持つ人も負けず劣らず病い的になることがあるのではないか、この本で取り扱いたいのは、こういう疑問です。たとえば定型発達の特性が過剰な人が、「相手が自分をどうみているのかが気になって仕方がない」「自分は普通ではなくなったのではないか」という不安から矢も楯もたまらなくなってしまう場合、そうした定型発達の人の特性も病といってもいいのではないか、ということです。
誤解のないようにつけ加えておくと、著者は重度のADHDやASDが病とされ、処方箋が出され、場合によっては精神障がいと認定されることがあることを、いささかも否定してはいません。
心の病はそれだけじゃない。「普通」の中にもあるものなんだ。そう語ろうとしているのです。
「いいね」という病
M-1王者となったウエストランドがネタの中で言ってましたが、YouTuberは登録者数や再生数の亡者となってしまう傾向があります。経済的な理由ばかりではないでしょう。自分の仕事を他者に認めてほしいのです。私がここにいるということを知ってほしいのです。これは「普通」の人なら当然のように抱く願望だといえます。
しかし、この願望がある意味、肥大しているのは現代ならではの現象といえるでしょう。調査によれば相手が誰かを認識できるのはだいたい150人が上限だそうで、以前なら相手が誰かもわからない人の評価は、芸能人など人気商売と呼ばれる職業に就いている人だけが気になることでした。ところが、今はそうではなくなっています。「いいね」がないSNSを探すほうが困難です。まさに現代の病理と呼ぶべきかもしれません。本書でも「いいね」という宿痾(しゅくあ、治癒できない病)と表現されています。そして――恐ろしいことに、現代ではSNSなどをやるのが「普通」なのです。
対人希求性依存、あるいは忖度過多症候群と言い換えることもできるかもしれない健常発達という病を、最近の「いいね」の数を競って集めあう現象に少し重ね合わせ、その内実をもう少し深く見ていきたいと考えています。「いいね」は「私」というものに深く食い込み、時に死に至る病にもなるからです。
- 電子あり
ADHDやASDを病と呼ぶのなら、「普通」も同じように病だ──。
「色、金、名誉」にこだわり、周囲の承認に疲れてしまった人たち。
「いいね」によって、一つの「私」に束ねられる現代、極端な「普通」がもたらす「しんどさ」から抜け出すためのヒント。
●「自分がどうしたいか」よりも「他人がどう見ているか気になって仕方がない」
●「いじわるコミュニケーション」という承認欲求
●流行へのとらわれ
●対人希求性が過多になる「しんどさ」
●本音と建て前のやり取り
●社会のスタンダードから外れていないか不安
●ドーパミン移行過剰症としての健常発達
●親の「いいね」という魔法
「病」が、ある特性について、自分ないしは身近な他人が苦しむことを前提とした場合、ADHDやASDが病い的になることがあるのは間違いないでしょう。一方で、定型発達の特性を持つ人も負けず劣らず病い的になることがあるのではないか、この本で取り扱いたいのは、こういう疑問です。たとえば定型発達の特性が過剰な人が、「相手が自分をどうみているのかが気になって仕方がない」「自分は普通ではなくなったのではないか」という不安から矢も楯もたまらなくなってしまう場合、そうした定型発達の人の特性も病といってもいいのではないか、ということです。――「はじめに」より
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/
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