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なぜ「失われた大陸」は魅力的なのか。数奇な伝説受容を辿る野心作

2022.10.07
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描かれ続ける「失われた大陸」

本書のタイトルを見て、なつかしさとともに、世代的なものを感じる方も多いのではないでしょうか。
1970年代には、「空前」と呼んでいいオカルト・ブームが到来していました。スプーン曲げやらUFOやら日本沈没やら秘境やら念写やら心霊やら、よくもまあこんなにたくさんネタがあるもんだと感心してしまうほどです。じつに多くの現象が取り沙汰されていました。
横綱を決めるとすれば、なんといってもノストラダムスの大予言でしょう。
東京03の飯塚悟志さんは、どうせ1999年に人類は滅亡するのだから、好きなことやろうと考えて芸人を志したそうです。予言の影響力はひとりの人間の将来を決定するほど強いものだったことがわかります。

大予言が東の横綱なら、西の横綱は本書のテーマともなっている失われた大陸でしょう。プラトンの記述にはじまる由緒正しき(?)アトランティスをはじめとして、ムーやレムリアなど、失われた大陸とその地に育っていた超文明について、さまざまな言説が飛び交っていました。
エンターテインメントへの影響はことに強く、ひとりアトランティスを見るだけでも、手塚治虫先生は『海のトリトン』で大きく取り上げていますし、大怪獣ガメラもアトランティス出身です。また、時代はすこし後になりますが『ドラゴンクエスト』で重要なアイテムとなっているオリハルコンはアトランティスの金属になっています。
これらは例にすぎず、思わず「こんなにあんのかよ」とつぶやいてしまうほど、じつに多くの失われた大陸由来の設定が存在します。本書にはその多くが記載されています。著者が過去の歴史学にこだわらず、多年にわたる入念な調査をもとに執筆したことを証立てるものだと言えるでしょう。

なぜ失われた大陸にひかれるのだろう?

浅薄なことに、自分は失われた大陸にまつわる言説を、オカルト・ブームの前後に生まれた、一過性のものであるという印象を抱いていました。1970年代にピークを迎え、その後ゆるやかに存続しているようなイメージです。ところが、本書を読むとそうではないことがわかってきます。

失われた大陸に関する言説は、じつに長期間にわたり、世界中で語られてきました。存在を確信する人はいつの時代もありましたし、ナチス・ドイツではこの言説を信奉する人が政権中枢にあったこともわかっています。
プラトンにはじまる欧米の言説であるために、わが国の受容は明治以降になっていますが、すでに戦前・戦中期には、「太平洋に栄えたムー大陸と日本のルーツは同じである」という主張が存在していました。太平洋にはラバウルやトラックなど、日本が実質支配していた島々が数多く存在していましたから、あるいはこの言説が、旧日本軍を鼓舞するようなこともあったのかもしれません。

いずれにせよ、失われた大陸をめぐる言説は、戦後のオカルト・ブームで生まれた一過性のものではありません。ハッキリ「歴史的」と断じていいものです。

本書はプラトンの説にはじまり、西洋で「失われた大陸」がどのように受け入れられてきたかについて述べた後、わが国の事情について詳細にふれていきます。

表立って政治的主張がなされ、それをもとに政策が立案されたことこそありませんが、失われた大陸と超文明は、たしかな影響力を持ってきました。ひょっとすると、今も。

いったいどうしてだろう?
本書のテーマはそこにあります。すこし長いですが引用しましょう。

世に無数にあるだろう神話・伝説をテーマごとに分類したとして、ときに流行しながら長期間にわたり、巷間にいたるまで最も広範に世の関心を呼んできたといえるのが、失われた大陸にまつわる物語・イメージである。目前に存在しないものがなぜ、これほどに求められ続け、世に波及してきたのか。かつて実在したからこそ、なのだろうか。実在しないと結論づけるべきならばなおさら、なぜ人々は追い求めるのか、実在を信じる者がなぜ後を絶たないのか。失われた大陸が、ある国の歴史と結びつけられたり、ある時代に特に求められたりするのはどうしてだろうか。現代の日本ではアトランティスやムー大陸の関連書籍が刊行され続け、漫画やアニメ、ゲーム等にそれらが登場してきたりすることからも知名度が高いのだが、西洋由来の言い伝えに何ゆえ日本も強く興味を示してきたのか。

恥ずかしながら、自分はアトランティスとかムーとか聞くと、ワクワクを禁じ得ません。不思議な心のふるえを感じます。それがあろうとなかろうと、自分の生活は何ひとつ変わらないのに、ときめきを抑えられません。

どうやらそれは自分だけではないらしい。
本書は多くの事例を紹介しつつ、「どうしてワクワクしちゃうのか」に迫ろうとしています。

海の底に沈む

それにしても――。現代人たる自分は思います。
「失われた大陸」があったのか、なかったのかという議論は、なんと牧歌的で夢にあふれていることでしょう。それはあまりに現実離れしています。
現在、地球温暖化にともなう海水面の上昇により、いくつかの島国の消失が指摘されています。海抜が低いオランダの危機も報告されています。また、2050年には世界最大の都市のひとつニューヨークも海底に沈むだろうという予測もあります。海の底に沈む「失われた大陸」は現実的なものになってきているのです。

人はなぜ「失われた大陸」を求めるのかについて、本書は多くの事例を紹介した後、結論めいたものに到達しています。これ、すごくいいんですよ。なるほどなあと思いました。本書の白眉だと思います。
ここではあえてその論を紹介しませんが、海面の上昇と陸地の沈降を予測する心証とは、真逆の心持ちから生み出されていることは言うまでもありません。

そうだよね、人ってそういう動物だよね。
自分はずいぶんあたたかい気持ちになりました。本書はそういう気持ちをもたらしてくれる本であります。こういう切り口で歴史を紹介する書物はそうそうなく、その意味でも一級品だと言えるでしょう。

  • 電子あり
『アトランティス=ムーの系譜学 〈失われた大陸〉が映す近代日本』書影
著:庄子 大亮

はるか昔、栄耀栄華を極めながら、一夜にして海中に沈んだ大陸があった――こんな伝説とともに語られるアトランティス大陸やムー大陸。誰しも子供の頃に、その謎に夢中になった記憶があるのではないだろうか。とりわけ日本は、ムー大陸に日本人の起源を見出そうとした戦前の軍高官から戦後のポップカルチャーに至るまで、言わばこの伝説に長く深く取り憑かれてきた。なぜ、我々は失われた大陸に惹(ひ)かれてやまないのか。伝説の起点ともいえるプラトンから繙(ひもと)き、その複雑にして数奇な伝説受容を辿る野心作!

プラトンが紀元前4世紀に、著作のなかでアトランティス大陸について記して以来、ムー大陸やレムリア大陸を含む、いわゆる「失われた大陸(Lost Continent)」は2000年以上にもわたって、私たちを魅了し続けてきた。そこには、金髪碧眼のアーリア=ゲルマン人こそが、始原の文明を生み出したと説き、その始まりの地がアトランティスだと主張したナチス・ドイツや、同様の主張を日本人とムー大陸について行った大日本帝国の軍高官らも含まれる。アトランティス大陸の所在に限っても、スウェーデン説やアメリカ説、クレタ島説、サントリーニ島説など多種多様な説があり、21世紀に入ってからも新説が生まれ続けている。
日本では戦前にプラトン全集を翻訳し、日本のプラトン受容において重要な役割を果たした木村鷹太郎(1870-1931年)を皮切りに、アトランティス、そしてムー大陸をめぐって、『竹内文書』をはじめとする偽史、さらに皇国史観ともかかわりをもちながら、さまざまな言説が生まれた。その関心は、戦後になってもなお衰えることなく、オカルト・ブームを経て、小松左京『日本沈没』のようなSF小説はもちろん、『ウルトラマン』や『黄金バット』などの特撮物、手塚治虫の『海のトリトン』などのアニメや映画、さらにはゲームの世界にも浸透しながらますます賑やかに盛り上がっていく。
なぜ、人類は、とりわけ日本人は、これほどまでに失われた大陸に惹かれてやまないのか。本書は起点となるプラトンにさかのぼり、迷路のように入り組んだ日本での受容の歴史を丹念に跡づけ、その心性に迫る!

【本書の内容】
はじめに
序 章 「失われた大陸」について問う理由
第Ⅰ 章 アトランティスの由来と継承
第 II 章 アトランティスからレムリア、ムー大陸へ
第 III 章 失われた大陸、日本へ――一九三〇年代
第 IV 章 戦時のムー大陸言説――一九四〇年代
第 V 章 戦後の継承――一九五〇―六〇年代
第 VI 章 神話希求と大災害―一九七〇―八〇年代
第 VII 章 浮上し続ける神話――一九九〇年代以降
最終章 なぜ語られ続けるのか

あとがき

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/

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