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人が一生に6億~7億回している呼吸。命を支える驚きのメカニズム【徹底解説】
(著:石田 浩司)
深呼吸は「酸素をたくさん取り込む」ため?
Apple Watchに「ゆっくり呼吸をしましょう!」と促されるがままに1日に何回か深呼吸をするようになった。最初はしぶしぶ時計に付き合っていたのだけど、今やお気に入りの機能だ。体のどことは言わずふわっとラクになるのだ。あれは気のせいじゃないはず。『呼吸の科学』を読んで、やっぱり気のせいじゃないことがわかった。そして私の呼吸に対する大きな誤解も正せた。深呼吸がもつ心地よさを「酸素がいつもより満ち満ちている!」と解釈していたのだけど、これはまったく正しくなかった。
大きな呼吸をしても酸素は使った分以上は取り込めません。
肺は、体が使った分以上の酸素は取り込めないし、なんなら肺に送られた酸素の7割程度はそのまま呼気(吐く息)として外に戻っていく。もったいない? いえいえ、生命活動を守るうえで大事な仕組みなんです。
運動生理学の専門家である石田浩司先生の『呼吸の科学』には、呼吸のおもしろい話がたくさん並んでいる。呼吸を通して体の構造を知り、酸素が全身を巡って何が起きるかも科学的に説明される。サラッと「科学的に」なんて書いてしまったけれど、たとえば、呼吸(換気)の量や酸素の摂取量を測定するにはどうすればよいか。
毎分呼気量を測る方法は簡単で、図10の左上の写真のように、弁のついた2方向(吸気と呼気)の口の呼吸マスクをつけ、呼気側の口につないだ管(蛇管)の先にコック(活栓)付きの大きいバッグ(ダグラスバッグと呼ばれます)をつなぎます。一定時間(安静時:3~5分、運動時:0.5~1分)でコックを開閉して呼気を貯(た)め、この量を右側の写真のようにガスメーターで測ります。さらに、その値を測定時間で割って1分あたりの値を求めます。(中略)
この時、測定値について注意しなければならないのは、気体の体積は、気圧、気温、湿度によって変わってくることです。
物々しいマスクをつけた人間が、実際に走ったり歩いたりバイクを漕ぐ。そしてダグラスバッグが大活躍。調査方法のくだりで「これは大変。でも尊いなあ」と何度も思った。エビデンスのありがたみを感じる。
この科学的な視点によって、私が「そういえばアレは、なぜ?」と呼吸がらみで常々ふしぎだなと思ってきたことを解きほぐしてくれるので楽しい。
たとえば、新型コロナ関連のニュースで何度も耳にしたパルスオキシメーター。買った人もいるはず。パルスオキシメーターの数値については「健康な人は酸素飽和度が96%から99%くらい。そして90%以下になると酸素吸入が必要」と言われていたけれど、そもそもなんで元気いっぱいのときですら100%じゃないのか、どこでロスしてるの? とケチな私は気になっていたのだ。(みんな大変そうだからそんなこと聞けなかったが)
このモヤモヤについても「第2章 体に酸素はなぜ必要なのか」でガス交換のメカニズムと一緒に解説されている。理由のひとつを紹介したい。
3億個以上もある肺胞の中には、重力の影響などで空気または血液が届きにくい部分があります。とくに肺の上部にありますが、この部分の肺胞には、酸素が来ても血流が回ってこない場合があります。逆に、肺胞に酸素が運ばれてこないうちにヘモグロビンが通過してしまうこともあり、換気と血流が一致しないため「換気血流比不均衡」と呼ばれる現象が起こります。
ヘモグロビンと酸素が出合えなかったりすれ違ったりするのか。じゃあしょうがないな。ちなみに、100%にする方法も本書では述べられている。読んで「酸素飽和度100%を目指したい!」なんて無闇に願うのはやめにした。
マスクをして運動するのはいいの? 格闘技のあの息を殺すような瞬間って科学的にどんな意味があるの? マラソンで脇腹が痛くなる理由は? 息を止めると苦しくなるけどアレの正体は何? といったかねてからの疑問への答えと、スポーツや仕事での呼吸とのよい付き合い方を教わった。そして「なぜ呼吸をするのか?」と自分の体の内側に改めて向き合える。
運動が楽になる基本は……?
本書の後半ではスポーツと呼吸、健康と呼吸に関する科学的な解説が綴られている。ここが全部とても誠実かつ痛快で私は大好きだ。
たとえば「第3章 持久運動での呼吸の動態とメカニズム」では、小学校のマラソンで習った「腕振りに合わせて、スースー、ハッハッと呼吸しましょう」を例にあげて、運動と呼吸のリズムが合うメリットとメカニズムが解説される。なつかしい。その呼吸法で走ってました。あれ、酸素がいっぱい吸える感じがしていたが、実際はどうだったのだろう。
まず石田先生は、
実は人を含め動物には、呼吸数や呼吸のリズムが運動のテンポの影響を受け、呼吸が運動テンポに引き込まれる、「エントレインメント」(Entrainment)という現象が存在します。呼吸リズムと運動のテンポが一定期間、決まった比率で同期する場合を、「運動―呼吸同調」(中略)ここでは単に「同調」と呼んでいます。
と、紹介したのち、同調が起こるメカニズムを解き、酸素摂取量が低下するか変わらないかはまだ結論が出ていないことも解説する。そのうえで、こう繋げるのだ。
ただし、動物の場合、鳥は両方の羽を同時に振り、四足動物も速く駆ける時は前後2脚ずつを動かすので、左右同時動作となります。そのため、1:1の比率で呼吸するのが一番効率的なのです。ヒトではなかなか同調の効果が得にくいといえます。
鳥と四足動物がうらやましい。実は本書の最初で呼吸と横隔膜の関係をみっちり紹介されているので、ヒトが二足歩行であることを思い出すと「同調で呼吸筋はラクするばっかじゃないな……!」と理解できるのだ。ここで、小学生の頃の私はなんだったのか……とガッカリするのはまだ早い。
運動をするうえで同調がなんの役にも立たないかといえば、そうではないのだ。
ただし、同調したことによって、呼吸困難感が減ることはたしかなようです。とくに負荷が大きい、激しい運動時には、神経性要因による入力も大きいため、自然に(体の要求にまかせて)呼吸していれば同調は発生しやすくなります。逆に、その時に同調をさせないようにすると、呼吸中枢を刺激するのに呼吸できないというミスマッチが起こるため、呼吸困難感がより強くなってしまいます。
呼吸のメカニズムを考えると、同調には呼吸の苦しさをやわらげる効果はありますよ、というのだ。ああよかった。この章の最後で石田先生は「運動時に楽になる呼吸法」をまとめてくれる。この締めの言葉が大好きだ。
基本的には、運動が楽になる呼吸法はありません。右に挙げたことも、これを守らないと苦しくなりますよ、というものです。運動が楽になる基本は、持久力を向上させることで、そのためには、なるべく高い強度で持久力トレーニングを積むことです。楽して楽にはなりません。
楽して楽にはならない! そのうえで、苦しくならない呼吸法を知ろう。呼吸のおもしろさに始まり、やがて自分の体やいのちへと意識が向かう本だ。健康の大切さをいやってほど痛感した今だからこそ読んでほしい。
- 電子あり
生命活動の根源ともいえる「呼吸」。人は一生の間に6億~7億回「呼吸」をするといわれています。
そもそも「呼吸」とはなにか? 体はどのように酸素を取り込み、それを体のすみずみにまでに運ぶのか? さらに酸素はどのように細胞で消費され再び肺胞に送られた二酸化炭素はどのように酸素と交換されるのか?
「換気」の仕組みからエネルギー代謝の方法など、その精密につくられた驚異のメカニズムを「呼吸」の研究の第一人者として知られる著者が徹底解説します。
まず、安静時の呼吸をもとに、生命活動を支えるそのメカニズムを解説。
さらにランニングなどの運動時の呼吸をさまざまなデータをもとに精緻に解説していきます。ランニング開始後になぜ呼吸が苦しくなるのか? ランニングのリズムと呼吸のリズムは同調したほうがいいのか? など、さまざまな呼吸への疑問を解決していきます。
その他にも、大人気のヨガや空気の薄くなる登山における呼吸とは? さらには「間合い」とよばれる格闘技での呼吸のコツなど、運動種目別の呼吸についても紹介。
そして、近年、話題となっている「呼吸とメンタルの関係」についても、さまざまな科学研究をもとに考察しながら、「リラックス呼吸法」を紹介していきます。
ふだん無意識に行っている「呼吸」について、その基礎の基礎から最新研究・応用まで、この1冊で「呼吸」のすべてがわかります。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。
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