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ラストバンカー、西川義文氏の遺言。仕事ができる人、部下がついてくる人とは?

仕事と人生
(著:西川 善文)
2021.04.09
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ラストバンカーが考える「仕事ができる人」

2020年はテレビドラマ『半沢直樹』で「バンカー」というセリフを何度も聞いた。しかも毎回サラッと口にされるのではなく、力一杯「バンカー!」というのだ(とくに「バ!」の発音の力みっぷりがすごかった)。おかげでバンカーに対して猛々しく気高いイメージを持ったし、「バンカーってこんな大変なお仕事をやってるのか。毎日大波乱じゃないか……」とクタクタにもなった。演出と演技の勝利だ。

ちょうど『半沢直樹』の最終回の頃に本書の『仕事と人生』の著者・西川善文氏が亡くなった。西川氏は元住友銀行の頭取で、安宅産業破綻やイトマン問題を処理し、90年代後半から2000年代にかけて不良債権処理を進めた人だ。金融に詳しくなくても「これは大変」と怯(ひる)む仕事ばかり。そして“ラストバンカー”と称される……というところまでは、私は知っていた。新聞で何度も取り上げられていたからだ。記者からの敬意が伝わる記事が今でもたくさん読める。

本書は2013年11月から2014年2月にかけておこなわれた西川氏へのインタビューをもとに、西川氏の「仕事」に対する考えがまとめられている。

仕事ができる人の資質とは何か。一つ挙げるとすれば「頭の中をきちんと整理整頓できる」ことが大事だと私は思う。(略)
頭の中が整理されていれば、仕事をどうやって進めればいいかを見極めることができる。当然、仕事は速いし、成果が挙がるわけである。
これまでにいろいろな人にお目にかかったけれども、頭の中が整理されている人かどうかは話しているうちにわかってくる。頭の中が整理されている人は何事もシンプルにしか語らない。

この本に並ぶ言葉たちも、削ぎ落とされたようにシンプルだ。「見たくない現実こそ直視する」という項でこんなことも語られる。

人間は安泰に安住する。その意味では、経営環境がよくなるということ自体にリスクがある。(略)大きなトラブルが進行していたり、経済の状況が大きく変化したりしていても気がつかない。(略)
そうなる危険性をあらかじめ読んでおき、対策を用意すべきだと私は思う。

ヒヤッとする人は大勢いるはず。だから、これから仕事を始める人、仕事を始めて長い人、誰かの上に立つ人、いろんな人にささる1冊だ。

人生の話にも仕事のヒントがある

西川氏が振り返る「仕事」の話はどれも面白い。新人の頃に褒められて嬉しかったこと、粉飾決算を見つけるコツ、そして恩人である住友銀行の会長に退陣を迫ったときのこと。つまりラストバンカーの「人生」を振り返る1冊でもある。どれも淡々と語られているが非常にドラマチックだ。映像が目に浮かぶ。そして、ここにも仕事の普遍的なヒントが秘められている。

たとえば「部下の育て方」について、西川氏は自身が新人だった頃を振り返りつつ次のように語る。

人の見方は厳しいばかりではいけない。少しは持ち上げて、いいところを見ることも大切だ。つまり、褒めるときはきちんと褒めるのである。
これも大正区支店で外回りをしていたときのことだ。一二月がボーナス月なので預金獲得目標が大きくなるが、入行して二年目の一二月に初めて私は目標を達成した。そのとき、次長が「今月は西川君も目標を達成しました」と支店長に報告しているのが聞こえてきた。その声は耳の底にいまでも残っている。

ああ、これは本当に嬉しかったろうなあ。でも褒めるばかりじゃ部下は育たない。そして部下が育たないと自分も育たない。

たとえば、部下がいい加減な報告書をまとめてきたとしよう。それを黙って見過ごすのは論外だが、「ここはこうしなさい」と一つひとつていねいに指導するのではなく、「やり直しだ」と言って突き返す。かわいそうだと思っても、脂汗を流しながら自分で考えさせる。そういう経験を繰り返す中で人間は大きく成長する。苦しさを回避させていたら、人を育てることができないのである。

私はつい「かわいそうだから」と助けがちなので耳がむちゃくちゃ痛い。

もっとも、組織における人の扱いはデリケートな問題である。自分より若い者や下位の者が重用されると、大抵の人は悔しいと思うし、嫉妬する場合もあるだろう。その点では、「誰が言ったかではなく、何を言ったか」という基準を、トップが組織に浸透させておくことが大事になる。

大事な言葉だ。この先何度も思い出すだろうなあ……。

西川氏は「現場」に張り付く大切さも次のように教えてくれる。

面白いもので、現場に張り付いていると畑違いのバンカーでも専門的なことが多少わかるようになる。私の場合、電炉の製造現場に関して「いかにすれば効率的に製造してコストを下げられるか」を勉強し、製造過程を改良するコンサルティングのようなことをやった経験がある。(略)
従来にない事業は、それを知るだけでも胸が躍る。「人とモノが動く現場」に対する好奇心は、ビジネスに携わる者にとって一つの「能力」と言っても過言ではあるまい。仕事の精度を高めるためにも、現場に足を運ぶ必要がある。

パソコンとネット環境だけじゃわからないことは今でも山ほどある。

西川氏が尊敬する経営者・伊庭貞剛の話でも「現場に身を置く大切さ」が登場する。住友の総理事になった伊庭貞剛は、当時住友の事業の中核にあった別子銅山の公害問題に取り組んだ人物だ。別子銅山がある愛媛県の新居浜に駐在したのだという。そして、この新居浜にも西川氏は足を運んでいるのだ。

私は住友林業の人に案内してもらい、別子銅山の跡を訪ねたことがあるが、愛媛県と高知県の県境の山はけっこう峻険だ。国道までは自動車で行き、途中から徒歩で登る。けもの道みたいなところもあった。南斜面の方に、最盛期は一万人くらいの人が暮らした町の跡が残っている。

私は子供のころ新居浜で長く暮らしていたので、新居浜が銅山の町であったことや、かつて公害問題があったけれど今は美しいこと、そして西川氏が歩いた「別子銅山の跡」をよく知っている。だからここを読んで仰天した。本当にあそこにいらっしゃったのかと驚くくらい、ひたすら山の奥にある史跡なのだ。ピクニック気分では行けないし、ほぼ探検だ(お越しくださってありがとうと思った)。ラストバンカーの行動力と好奇心の強さ、そして仕事へのひたむきな姿勢を肌で実感した。

タイムレスな言葉と教えがつまった1冊だ。銀行で働く人や銀行を目指す人だけでなく、仕事に携わる多くの人に読んでもらいたい。

  • 電子あり
『仕事と人生』書影
著:西川 善文

ラストバンカー・西川善文が晩年に語っていた「仕事ができる人」とは?
2020年9月に世を去った、稀代の銀行家の遺言。
「鬼上司」「不良債権と寝た男」……悪評を物ともせず、時代の先を見通し、今何をすべきか腹の底から理解していた男は、人の真価を見抜く天才だった。
いつの時代も変わらぬ本物の仕事術がここにある!

◆おもな内容
●仕事ができる人はシンプルに考える
●どんな問題でも、それほどたくさんの急所があるわけではない
●仕事の出来は70点で手を打つ
●何もかも自分で引き受けず、他人の力を借りる
●一つ上の立場で考えるかどうかで差がつく
●部下を育てると同時に自分も成長する
●序列や役職で相手を見てはダメ
●机上でわからないことが現場にある
●やるべきことを断行する勇気を持つ
●特別な人脈より有効な人脈を持つ
●人の目が届かない仕事で甘えてはいけない
●お客に一方的にしゃべってはいけない
●相手は何が得意かを知っておく
●状況が悪いと逃げ出す人間は下の下
●ピンチをチャンスにすれば大きな変化を作り出せる
●見たくない現実こそ直視する
●「一緒に頑張る」はかえって危険
●自分でやるしかないと心に決める

◆目次
第一章 評価される人
第二章 成長する人
第三章 部下がついてくる人
第四章 仕事ができる人
第五章 成果を出す人
第六章 危機に強い人

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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