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スポーツが飛躍的に進化し続ける理由。アスリートを支える最新スポーツ科学
(著:久木留 毅)
2020年のオリンピックとパラリンピックが東京で開催されると決まったとき、ある人が「どんな競技でもいいから1つは観たい。なにかを極限まで追求したアスリートの姿を自分の子供たちに間近で見せたい」と言っていた。延期となったけれど、その言葉をよく思い出す。きっと今まさに「その日」に向けて準備を続ける人が大勢いるのだろう。
『アスリートの科学 能力を極限まで引き出す秘密』を読むとそういう景色が頭に浮かぶ。世界のトップアスリートがパフォーマンス向上のために活用する最新のスポーツ科学は、たとえその種目に詳しくなくてもめちゃくちゃ面白い。
「スポーツ科学が進化して、記録が伸びている」というのは巷でもよく聞く話だけど、じゃあ「スポーツ科学」ってどういうものなのか?
スポーツにおいて、パフォーマンスに影響を与える要因は複雑で、一つに特定することはできない。だからこそ、トップアスリートのパフォーマンスの向上には、科学も駆使しながら、あらゆる方面から総合的なアプローチを試みる必要がある。
そう、たくさんの要素が絡み合っている。本書は、国立スポーツ科学センター長である久木留毅さんがそれらを1つずつわかりやすく紹介してくれる1冊だ。なかには私のような一般人でも真似したいことがあった。とくに熱中症対策は多くの人に知ってもらいたい。そして「そこまでやっているの!?」と仰天することばかりだ。だからとても楽しい。スポーツ観戦の新しい視座を教えてくれる本だ。
未知のマテリアルを使う決断
第1章「アスリートの記録はなぜ伸びるのか。競技はなぜ進化するのか」では、陸上、競泳、スピードスケートなどの競技がなぜ記録を更新し続けているのかを、科学的な視点から説く。めちゃくちゃ燃える。たとえばスピードスケート。「スラップスケート」と呼ばれる新しいスケート靴が採用されるまでの過程を紹介したい。
まず、アスリートとコーチ陣は新しいスケート靴を前に深く悩む。
「従来型のスケート靴でも十分に戦える」「いや、ライバルたちはスラップスケートを使うであろう。ならば、私たちも……」
その悩みに対してヒントと決め手をくれたのが「解析」だ。
(前略)1997年の世界選手権(長野大会)において両タイプのスケート靴を使った選手の中で最も優れた2名の選手の滑走動作について、スポーツバイオメカニクスを駆使して三次元解析を行いデータを蓄積していった。
(略)300~400m区間で出現するトップスピードが、スラップスケート使用により大きくなることを解析した。さらに、スタートから20mまでのタイムを短縮できれば、500メートルのレースでスラップスケートの使用が有利になる点を示唆した。
さらに筋肉の負担の違いも分析し、「スラップスケートを活用し勝つためのトレーニング方法」もアドバイスする。つまり、「この新しいスケート靴を履けばラクに勝てますよ」なんて単純な話じゃないところが面白い。これらの科学的な分析が後押しとなり、スラップスケートは長野オリンピックで採用された。そして長野オリンピック男子500メートルで清水宏保選手は金メダルを獲得した。
第2章「アスリートを支えるサイエンステクノロジー」も楽しい。車いす競技でもスケート靴と同じようにマテリアルの開発が競技の発展に深く関わっていることがわかる。
水分補給はスポーツの一部
第3章~第4章でアスリートの身体作りと減量が語られる。アスリートの減量は一般人がダイエット感覚でちょっと真似するようなものじゃないと痛感した。文字通り、絞り上げるようにして彼らは体重を落とすのだ。
そして第5章~第6章では水分補給とパフォーマンスが語られる。とくに水分補給についてはまるまる1章割かれている。今これを書いている最中にニュースで盛んに警告されているのが猛烈な暑さと「熱中症」で、タイムリーすぎて前のめりで読んでしまった。
適切な量のナトリウムと糖が入ったスポーツドリンクは効率的に水分補給ができる
ただ水をガブガブ飲むだけじゃよくない。(そういえば夏になるとお味噌汁が無性に飲みたくなる)
が、単に「アスリートはスポーツドリンクを飲んでいる」で終わらないのが本書の楽しいところだ。水分補給にも勝機があるかもしれないのだという。(ラグビーの給水係のミッションを本書で初めて知った。責任重大すぎる。次から見逃せない)
アスリートのナトリウムのバランスは個人差が大きいということが明確になっているので、選手が試合中に何を飲むべきかは、その個別性を充実したプランを提供している。
適切な水分補給には、水の量を補うだけでなく、失われた成分を補うことが大切である(中略)そのためには、摂取しているものと排出しているもののモニタリングが不可欠となる。特に、身体における電解質の出入りを把握することは、重要となる。
このモニタリング方法が強烈だ。本項で紹介される「全身のウォッシュダウンテスト」が凄まじい。「究極って、そこまでするんですね……」と仰天した。
引退も大切な過程
最終章「コーチングの科学」は、私たちの生活や人生のヒントにもなりうるパートだ。そしてアスリート達に人生のステージがたくさんあることを思い出させてくれる。彼らが競技に出会い、才能を伸ばし、世界で戦い、やがて引退するまでを含めてサポートする体制が必要であること、そしてそれらにも科学技術が活用できることが語られている。
ということで、トップアスリートを360度から捉えた1冊だ。スポーツ観戦における見所が決勝や表彰台だけじゃないことを教えてくれる。あらゆる競技を何倍も楽しく味わえるようになるはずだ。
- 電子あり
スポーツにおける最高峰の戦いは、スポーツ科学、医学、情報、そしてテクノロジ―を駆使したものへと大きく変化を遂げています。ナショナルチームの育成やサポートなどの中心にいる、国立スポーツ科学センターのセンター長である著者が、スポーツに欠かせない科学の力とは何か、さまざまな面から、スポーツ科学の最前線を解説します。スポーツ競技の側面を知ることで、オリンピックをはじめとする、ハイレベルのスポーツ観戦をより深く楽しめます。、また、アスリートでなくても、体づくりや健康のため、またスポーツ上達のために参考になる内容も。
第1章 記録はなぜ伸びるのか。競技はなぜ進化するのか
(スポーツの高速化と高度化、なぜ日本は陸上100m×4リレーで勝てるのか、水泳競技の高速化、スピードスケートの科学、体操競技は50年でウルトラCからウルトラIへ、サッカーも分析力の差がチーム力の差に)
第2章 アスリートを支えるサイエンス・テクノロジー
(車いす競技と義肢競技の進化、義足のほうが速く走れるのか、なぜパラリンピアンは8m跳べるのか、判定に大活躍のハイスピードカメラ、テニスのチャレンジは軍事技術!? ゴルフ上達ツールに迎撃ミサイル技術、もはやGPSなしでは語れないスポーツ)
第3章 アスリートはいかに効率的に身体を作っているか
(運動、栄養、休養の科学的セオリー、食事のタイミングでパフォーマンスは劇的に変わる、アスリートにとって休養とはなにか、リカバリーが勝負を決める)
第4章 ウェイトコントロールの科学
(アスリートと一般人の減量の違い、水分を減らすかと脂肪を減らすか、世界初のMRI画像で見える減量プロセス、なぜ吉田沙保里と伊調馨は勝ち続けられたのか、アスリート研究から見た一般人のダイエット)
第5章 アスリートと水分補給
(水分補給もスポーツの一部、競技で異なるアスリートが競技中に飲んでいるもの、箱根駅伝ではオリジナルドリンクを飲めない!?、個人差が大きい汗の成分、スポーツドリンクの進化)
第6章 環境とパフォーマンスの科学
(暑さのなかで記録はのびるのか、暑熱順化と寒冷順化とは、高地トレーニングが日本のスポーツを強くした、低酸素トレーニングの可能性)
第7章 コーチングの科学――スポーツ心理学最前線
(オランダの最前線の取り組みとは、選手の人生全体を見るコーチング、究極のコーチングとはなにか、映像技術の進化とコーチング、コーチのいらない未来のコーチング)
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。
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