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2020.08.25

特集

最新スポーツ科学はこんなにすごい! 国立スポーツ科学センター長が徹底解説

科学なしでは進まない、スポーツの「より速く、より高く、より強く」

久木留 毅

様々なジャンルのスポーツは、国内外を問わず広く人気であり、コロナ禍においては、多くの人がスポーツロス状態となっている。スポーツの中でも、3大メジャーイベントと言えば、FIFAワールドカップ(サッカー)、ラグビーワールドカップ、そしてオリンピック・パラリンピックであり、世界中の熱い視線が送られる。これらメジャーイベントの主役は言うまでもなくアスリートである。アスリートが繰り広げるパフォーマンスは、観ているものを驚かせ、感動させ、歓喜の渦に巻き込む力を持っている。私たちは世界レベルで競い合うアスリートが主戦場とするスポーツを、ハイパフォーマンススポーツ(HPスポーツ)と呼んでいる。

筆者は、HPスポーツを、スポーツ科学、医学、情報の面から支える役目を担う、国立スポーツ科学センター(JISS)のセンター長を務めており、このたびブルーバックスの『アスリートの科学』を執筆し、スポーツと科学の進化の現状を紹介している。

HPスポーツの世界を覗いてみると、その進化はめざましいものがあり、高速化と高度化を続けていることに驚く。そのルーツは、オリンピック憲章に見いだすことができる。オリンピック憲章には、ラテン語で「より速く、より高く、より強く(Citius-Altius-Fortius)」と、そのモットーが記載されている。近年のオリンピックは、この大志を具現化すべく進化を遂げてきた。

世界最速を競い合う陸上、競泳等の記録の変遷を見てもわかるように、高速化は止まるところを知らない。陸上男子100メートル競走では、1964年の東京オリンピックの頃は10秒0が世界記録であった。その後は9秒台の争いとなり、現在の世界記録は9秒58である。計測の単位一つとっても、10分の1秒から100分の1秒と、56年前とは1桁違うわけだが、そこにも科学の進化(計測テクノロジーの進歩)を感じることができる。スポーツバイオメカニクスというスポーツ科学から筋肉など身体の使い方が研究され、走法などの分析技術が進むことで、スピード化も進んできたわけだが、計測が正確に細かくできることも、高速化の一因と思われる。

また、水泳競技の高速化の要因には、抵抗を減らした高速水着の開発やスタート台の変化といった、科学的な研究をもとに開発されたマテリアルの進化の影響も大きい。

パラリンピックをはじめとする障がい者スポーツにおいても、義足や専用の車いすといったマテリアルの開発により、高速化・高度化が進んでいる。陸上パラ競技の男子100メートル競走において、1976年にはオリンピックとパラリンピックの記録は、4秒以上の差があった。その後、1988年までの間に1.81秒差に短縮されたが、この背景にはカーボンファイバー製の義足の出現の影響が大きいと思われている。さらに、2012年の時点で1.27 秒差になり、世界記録としては、2013年にはその差が1秒未満となっている。このペースが続けば、2068年にはパラアスリートがオリンピックアスリートを抜いて人類最速を達成すると分析されている。

HPスポーツでは、なぜ、科学を活用する必要があるのか。なぜ、サイエンステクノロジーの技術が必要なのか。それは現在のトップアスリートの戦いが、僅かな差を埋めるための戦いとなっていること、そのためにこれまでとは違った、様々な創意と工夫が必要な時代となっているからである。

また、スポーツ科学の研究が進み、画期的にトレーニングの効率がアップしていることはもちろんであるが、トレーニングや試合の疲労やダメージからどれだけ早く回復できるか、「リカバリー」の重要性も明らかになってきた。科学的な分析とリカバリー方法の開発により、以前より速やかな回復ができていることも、HPスポーツの高速化、高度化をおし進めている。

『アスリートの科学』では、このような、スポーツ科学とサイエンステクノロジーが近年のトップアスリートに関与している部分に焦点を当てた。さらに、トップアスリートが行っている科学的な手法やサイエンステクノロジーの活用を、一般の方々が応用できる方法についても紹介している。本書を読んでいただき、健康増進にも役立てていただければ何よりの喜びである。

(くきどめ・たけし 国立スポーツ科学センター・センター長)

読書人の雑誌『本』2020年8月号より

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