もしも100歳まで生きてしまったら、どんな風に生きたいか
30代の今、50歳の自分をイメージすることも上手くできないのに100歳の自分を想像することなんて無理だけど、望む望まぬにかかわらず90歳くらいまで生きることは可能性として「大アリ」なのは少しだけわかっている。そうなると「どんな風に生きたい?」ということを時々考える。ご飯はおいしくいただきたいなあ、外の空気を吸い込みながらぼんやり歩きたいなあ、雨や草やパン屋さんの匂いを吸い込みながら散歩がしたいなあ。そう思う。
『究極の歩き方』は、1985年に設立された「アシックス スポーツ工学研究所」で日本人の足を考え続けてきた研究者たちが、圧倒的なデータと考察をもとに私たちの今の歩き方と「これから」の歩き方について確かな道を丁寧に示してくれる本だ。研究員が語る本はデータの説得力とプロダクトへの愛と情熱が込められているのでとても楽しい。
そんな彼らが考える「これから」って? 50歳から先、もっというと80歳や100歳になっても元気に歩く「これから」だ。
「50歳の境目」の大切さ
本書でたびたび出てくるのは「50歳」というワードだ。なぜか? まず、著者である「アシックス スポーツ工学研究所」が掲げる哲学を紹介したい。
私たちがこだわっているのは「ヒューマン・セントリック・サイエンス」。人間の身体や動作を科学的に分析することで、アスリートに限らず、一般の人々の生活に役立つ製品やサービスを継続的に開発することを哲学としています。基礎研究はもちろんのこと、新商品のアイデアを出すこともあります。
アシックスが見つめているのはアスリートだけじゃない。あらゆる人の身体とクセと動作を見つめているのだ。マラソンも短距離走もやらないけれど、毎日歩くもんなあ。ワクワクしてくる。そして、彼らが研究を重ねた結果、足の形は「50歳」からガラッと変わるのだという。本書の前半では「50歳になると、足はどう変わるのか?」と「歩き方にどのような影響がでるのか?」の丁寧な解説が読める。
まず足の構造と各パーツの名称と役割について。長さと幅くらいしか気にしてこなかったけれど、精巧で頑丈で日々酷使されている足にはたくさんの情報が詰まっている。
足にこんなに細かく名前がついていただなんて。「かかと」と「アーチ」は知っていたが、私がアーチだと思っていたのは内側縦アーチだけだった。しかもこれはほんの一部の情報だ。足、すごいぞ!
そして、年代別の足の形について。歳をとると、どうなるの?
例えば「左右差」だけでも50歳未満と以上ではこんなに違う。先日デパートで3Dの足計測を試したが、私の場合は左のほうがわずかに小さかった。本書では、左右どちらの足が小さくなりやすいかについても丁寧な解説が読める。思わずじっと足を見てしまった。
左右差だけでなく、足高=足の厚み、足の長さ、かかとの傾き、すべての構成要素が50歳以降と以前では違う。だから50歳から歩き方も変わってしまうケースが増えるのだという。ここで一番面白いのは「80歳になっても30代のように歩いている人もいれば、50歳から急激に衰えて、腰が曲がり出すなど、歩き方に注意が必要な人も出て 」くることだ。つまり、皆が皆「必ず歩き方が変わる」わけではなく、ずっと元気よく歩き続けることができるかもしれないのだ。絶対歩きたい!
しかし50歳を待たずして歩き方が変わる場合もある。サンダルやヒールの高い靴の影響で、筋力がある若い人でも高齢者と同じようにアーチが崩れて「すり足のようにペタペタ」と歩く人が増えているというのだ。そういえば3D足計測の際に「ハイヒールがお好きとのことですが、アーチはとてもしっかりしています!」と言われたのを思い出した。なんとなく聞き流してしまったけれど、本書を読んでどういう経緯でアーチが危うくなるのかが理解できた。そして、私のアーチがしっかりしている理由もなんとなくわかった。本書で“アーチを鍛えるエクササイズ”として推奨されている“タオルギャザリング”が趣味なのだ。「足遊び」だと思ってやっていたけれど、まさかアレが役に立っていただなんて……。
ウォーキングは工夫次第でランニングに匹敵する効果が
3章以降は題名の通り『究極の歩き方』が語られる。ずっと元気に歩き続けるために本書が推奨するのは「ウォーキング」だ。
私たちも「いつまでも元気で過ごすために、どんなスポーツをやればいいですか?」と聞かれたとき、ウォーキングをおすすめしています。
もちろん理由があります。
この「理由」のひとつは、「体への負担が少ない」こと。確かに身体に優しそうなイメージだが、ここを検証とデータとで解説してくれるのでとても気持ちがいい。“フォースプレート”という「人間が地面から受けている力を精密に測定する装置」で得られた結果や、筋肉の仕組みをもとに「なぜウォーキングは筋肉痛や肉離れのリスクが低いのか」も語られる。で、ここまでは、ウォーキングに対するイメージ通りだったのだが。
なんと、やり方によってはハードな運動になるのだという。敷居が低くて体に優しいのに、頑張るとハード。ウォーキングっていいことづくしじゃないか。今までなんとなく「おじいちゃんの運動」だと思っていたけれど大間違いだった。
ということで、本書が推奨する「歩き方」と「時速7kmのウォーキング」を実践してみた。結論から言うとめちゃくちゃ大変だ。のびのび歩ける公園でガツガツ歩いても私の場合は「1km歩くのに11分~10分」かかる。「こりゃー時速8kmかしら」なんて調子に乗ってスポーツウォッチで測っていたけれど、だいぶ甘かった。ビュンビュン歩いて時速6kmくらいなのだ。
心拍数は125BPM。筋トレでまあまあハードな時と同じ数値だ。息が荒い。正直「これ以上速いって、それはほぼ走るってこと?」と思った。私の感想と同じことが本書でも語られる。
この速度でウォーキングを行うと、「もう走ってしまいたい」と言う衝動にかられるはずです。(中略)速度のことをまったく考えず、どんどん早歩きの速度を上げていくと、人間はどこかで必ず走り出します。走るほうが楽だからです。(中略)だから、思わず「もう走ってしまいたい」と考えてしまう。これが、歩いたほうがエネルギー消費量は多いという意味です。
ハイ、もう走ってしまいそうでした。とはいえ、ここで走ってしまうと、先に述べた「身体への負担」がかかるし、怪我をして続けられなくなったら元も子もない。
本書が切々と語るテーマがどうして「歩くこと」なのかも、このあたりに答えがある。例えば、ウォーキング上級者に対してもアシックスは「最大45分間」までのウォーキングを推奨している。
あまりにやりすぎるのもリスクがある。(中略)元気になることが目的なのに、身体を壊してしまっては何の意味もありません。(中略)いわゆる「運動音痴」な人でも気軽に始められますし、継続して行えば、必ず結果がついてきます。トレーニング効果が目に見えるので面白くなり、ついつい練習しすぎてしまうものなのです。
最大45分間と言う数字は、「無理なく楽しくがいつまでも運動を続けるコツ」と言う、私たちからのメッセージでもあるわけです。
そう、楽しくなっちゃうと止まらなくなる。止まらなくなると、いつか身体を壊す。アシックスは全てお見通しなのだ。ウォーキング道って奥が深い。次第にウォーキングシューズが欲しくなる。
ウォーキングシューズで楽しく元気に歩く
足の構造、そして効果的な歩き方とスピード……こんなに自分の足と歩くことで頭がいっぱいになったのは初めてだ。時速7kmのウォーキングを攻略したい。そのためにはウォーキングシューズがあったほうが絶対いい。4章と5章ではウォーキングシューズについてバッチリ語られる。
ターゲットによってシューズの設計は全然違うのだ。「走ること」と「歩くこと」のそもそもの違いから始まり、ソールの厚さ、硬さ、そして対象となる年代別の設計……アツい。すべての構造とパラメータに納得感がある。スポーツショップでシューズの厚さと溝を一つ一つ見てみたくなった。
そして、「履きやすい」「歩きやすい」だけではなく「足の健康を保つ」と言う靴の役目についても丁寧に語られる。50歳の足、男女ごとの違い、運動選手の足、子供の足、日本人以外の足。それぞれの足の現状と、健康のためにはどういう靴が良いのか、どういう履き方が良いのか、どれも理路整然と教えてくれる。自分に当てはまらない足の話もぜんぶ面白かった。100万人の足のデータを持っている研究員だからこそ語れる内容が詰まっているからだ。
ふんわりと「健康でいたい」と想像するだけだったけれど、「元気に歩く」目標がクリアに設定されて、とても楽しい。歩くぞー!
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。