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『パパいや、めろん』笑えて役立つ育児エッセイの裏側で絶望していた

2020.07.02
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海猫沢めろん

 いまこの原稿を書くため、自分の新刊である『パパいや、めろん』のゲラを読んでいたのだが、あまりに面白くて気づいたら全部読み切っていた。こういうことはめったにない。たぶん、ここに書かれている自分と子供が、もう過去の他人になってしまったからだろう。

 思い返せば、エッセイの前半で描かれる2012年くらいは人生で最も過酷な時期だった。妻が出産後に倒れたため、ぼくはひとりで子供を抱え、仕事も遊びもなにもできず、未来も見えない、お金もない状態で完全に人生に行き詰まり、すべてに絶望していた。育児エッセイの依頼も、すべて断った。出てくる言葉は呪詛ばかり。100%世界を呪うことしか考えてない状態で、現実のエッセイなど書けるわけがない。

 ついでに言えば、ぼくは育児エッセイが嫌いだった。楽しいものなら暗くなるし、暗いものなら余計に暗くなる。読んでいいことはひとつもない。

 どうしようもなくなったぼくは、とことん暗い不平不満と自己愛に満ちた歪みきった不愉快な小説を書くことで、自分を保つしかなかった(その小説は8年経っても終わらず連載を続けている)。

 なにも考えず、ただその瞬間にできることをしてその場をしのいで、気づけば数年が経っていた。ぼくらは東京から離れて熊本に暮らし、パートナーは大学に、子供は小学校に通っている。数年前のことが嘘のようだ。

 だからといって悩みがすべて解決したわけじゃない。むしろ、悩みは増えた。原因は家族ではなく、自分自身だ。

 それまでのぼくは好き勝手にひとりで生きていた。一生そのままで子供のまま死ぬつもりだった。大人になるとはどういうことなのかずっとわからなかったし、わかりたくもなかった。自分だけはずっと子供のままでいられる――それこそが作家の特権で、どんなひどいことが自分の身に起ころうがなんでもネタにしてやると思っていた。

 一生大人げない無責任な行動と反社会的で支離滅裂な発言をして、世界をめちゃくちゃにして自爆してやる――そんな気分で生きていた。終わらない思春期特有の歪んだ自己愛から来る過剰な自己アピールの一種だろう。だからどうしたというのか。退屈な普通の人生を生きるくらいなら死んだほうがマシだ。

 ところがどうだろう。今、ぼくは外から見ればパートナーと子供と一緒に地方都市で暮らす、家族を養う立派な普通のつまらない大人だ。

 そのことが、なによりつらい。望みもしないのに大人の仲間になっている現状、それにのうのうと甘んじている自分に対する怒りで、夜中に何度も壁を殴って暴れた。ひとりで仕事場にいるとき、夜中に散歩する。そうすると知らないくらい遠いところまで歩いている。ああ、帰りたくないな、このままどこかへ行ってそのまま別の人間になって暮らしたい。帰り道に枝雀の落語を聞きながら、ああ、そういえばこの人自殺したんだよなと気づく。楽しい芸人が暗い自殺志願者なのも不思議じゃない。

 演者としての自分と、素の自分は別の人間だ。一秒前の自分さえも別の人間な気がする。本当の自分がいないとしても、理想の自分は存在した。もはやそれが遠いことのように思える。わからなくても、それでもなんとか自分なりの理想を探すしかない。そうしなければ、もっとつまらない大人になってしまう。

 焦りと怒りの混じった気分で、なんとか日々をやりすごす。失語症のリハビリをするような気分で、毎日キーボードに向かって文字を打つ。なにが面白いのかわからなくて、苦しい。そんなふうにやりすごしてきた過去の自分が描いた自分が面白かったことで、少しだけ救われた気がした。

 つまらない型にはまった「パパ」や大人にはなりたくない。だけど子供にも甘んじたくない。

 笑える、考える、役に立つ――この本が、すべての子育て家庭の問題解決に役立つ一冊であると共に、誰でもない「あなた自身」を取り戻すための本であればいいなと思う。

(うみねこざわ・めろん 作家)
 

読書人の雑誌『本』2020年7月号より


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『パパいや、めろん 男が子育てしてみつけた17の知恵』書影
著:海猫沢 めろん

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