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学校では教えてくれない本物の知恵。現役高校生と哲学者による本気の人生問答
現役高校生との対話
私自身が高校生だった時に聞きたかった授業をしたいと思った。
『哲学人生問答 17歳の特別教室』は私がかつて学んだ京都の洛南高校で行なった授業である。私はかねがね「自分のことしか考えないエリートは有害以外の何物でもない」といってきたが、京大や東大に多くの生徒が合格する進学校で学ぶ若い人が、一体どんなことを考えているか知りたかったのである。そのためには、授業をするだけではなく、質疑応答の時間を長く取る必要があった。
質疑応答の時間を長く取りたいと思ったのにはもう一つ理由があった。長年哲学を学んできた私にとって、哲学者といえばソクラテスなのだが、ソクラテスはギリシアのアテナイ(今のアテネ)でいつも青年たちと対話をしていたからである。
そのソクラテスが告訴され死刑になった。告訴状の一半にある「若者たちを堕落させる罪を犯している」という件(くだり)を読むと、昔も今も親の子どもへの思いは変わらないことがわかる。
授業では、この人生をどう生きるのか、幸福とは何かというような、ともすれば受験勉強に追われていると考えることがない、しかし、人間として成長するためには必ず向き合わなければならない問いをめぐって話をしたのだが、これがまさに哲学の主要なテーマである。若い人が将来どのような道に進んでも、根本的な人間的知恵を求めなければ、たとえ成功しても決して幸福であることはできないと私は考えている。
ところが、親は子どもがこのようなことを考え始めると、勉強しなくなるのではないかと警戒する。受験前にぶれてはいけないと考えるのだ。
ソクラテスが、知者であると思われていた人が実はそうではなかったことを明らかにするのを目の当たりにした若い人は、親にも問うたであろう。なぜ勉強しなければならないのか。成功することに意味があるのか、と。
そんなことは今は考えてなくていい、つべこべいわずに勉強しなさいと親がいった時、以前であればおとなしく引き下がった子どもが「なぜ」と親に詰め寄る。一体、誰に吹き込まれたのか。あのソクラテスだ。かくて、子どもたちに悪影響を及ぼすと見なされたソクラテスは親から憎まれた。
「君たちはお金ができる限り多く手に入ることには気を使い、そして、評判や名誉には気を使っても、知恵や真実には気を使わず、魂をできるだけ優れたものにすることにも気を使わず心配もしないで、恥ずかしくはないのか」(プラトン『ソクラテスの弁明』)
私もこんな話を高校生にしてみたいと考えて授業をし質問を募ったところ、多くの質問が途切れることなく続いた。
若い人がどんな質問をしたか見てほしい。人生について真剣に考えていることに驚くだろう。
精神が未だ形成されていないことに焦りを感じる。自分が好きではなく自信もない。医師になりたいが、人を救いたいとは思ったことがない。やりたいことがわからない。勉強のモチベーションをなくしてしまった。友だちというものがどういうものかわからない等々。
模範的な質問をしようとするのではなく、納得できない時は問い、率直に正直に思いをぶつけてくれた。授業は予定した時間を大幅に超え、最後の一人まで質問に答えた。もとより、多くの問いに正解はないが、どのように考えればいいのか道筋は示せたと思う。
最初に「自分のことしか考えないエリートは有害以外の何物でもない」と書いたが、授業と質疑応答の中で私が特に強調したのは、他者への関心を持ち他者に貢献することである。
若い人が一生懸命勉強し大学に進学し社会の様々な分野で活躍することは喜ばしいことだが、ただ自分のためであってほしくないし、成功するために自己保身に走り不正を見逃し嘘をつくような人にはなってほしくないのである。
他者への貢献については、人は生きていることで価値があり、そのことで貢献できるという話をした。生産性、経済性を重視する世に蔓延する実利主義、物質主義、成果主義を自明のものとして受け入れるのではなく、疑ってほしい。蓋(けだ)し、疑いは哲学の出発点だ。
岸見一郎(きしみ・いちろう 哲学者)
(出典:読書人の雑誌「本」11月号)
「いじってくる相手との距離の取り方がわかりません」
「給料とやりがい、どちらで仕事を選べば幸福になれますか」
「ありのままの自分を受け入れられません」
「嫌いな人との付き合いが避けられない時、どうしたらいいでしょうか」
「自殺しようとしている人を止めるのは善でしょうか、悪でしょうか」
現役高校生と哲学者が熱くたたかわせた、本気の人生問答。
「生きていくこと」「幸福になること」についての高校生からの人生相談に、哲学者の岸見一郎さんが先人の知恵を生かして真摯に答えます。
大人前夜のきみたちへ。学校では教えてくれない本物の知恵を伝える白熱授業。「17歳の特別教室」シリーズ第4弾。
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