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アルツハイマー病、がん、糖尿病……すべてはこれが原因だった!【サイレントキラー 】

2019.01.22
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炎症とは、「発赤(ほっせき)」「腫脹(しゅちょう)」「熱感(ねっかん)」「疼痛(とうつう)」を伴う症状で、侵入してきた異物や、傷んだ細胞、組織が作る産物に対して、生体が起こす反応のことである。

急性炎症が慢性化することにより「慢性炎症」となる。慢性炎症は回復に伴い組織をしだいに線維化させ、臓器不全やがんの原因となり、死を招く結果をもたらすこともある。このことは、なんとなくだが知っていた。肝臓の炎症が慢性化し、肝硬変となり肝不全となる。これは有名な事例であるし、いままで、幾人かの親しい人もなくした。

だが、人はこの一連の「悲劇的連鎖」は理解しているけれど、「慢性炎症」の段階は、(医者が考えるレベルに比べて)はるかに軽く見ている気がする。

本書を手に取る。慢性炎症は怖い。慢性炎症は、アルツハイマー病、がん、糖尿病、アトピー性皮膚炎、老化などのすべての原因となるサイレント・キラーだというのである。

著者は、慢性炎症のことを、江戸時代の浮世絵師・歌川国芳が描いた、「ヌエ(鵺)」に例えた。もののけであるヌエは、人の家に入り込み、人を恐れおののかせ、病を起こす。正体不明で、いつの間にか人体に入り込み、重篤な病気を引き起こす、まさに「慢性炎症」である。

そんなヌエの正体を突き止めるため、日本政府は2010年より、慢性炎症研究に注力し、日本版NIH(アメリカ国立衛生研究所)と言われる組織が、国内から選りすぐりの研究者を招聘し、「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」というチーム研究が続けられてきた。著者は、その研究の総括者としての任を果たしていた人物。この本はそれら研究成果の一端である。ヌエである慢性炎症が、次第に姿を現し始めたのである。

炎症は、まるで多種多様な多くの役者たちによって演じられる演劇やオペラにもなぞらえられます。筋書きがいろいろあり、じつに多彩です。急性炎症は、通常、お手軽テレビドラマのように筋書きがわかりやすく、炎症を起こす刺激が排除されるとともにおさまるので、ほとんどが一過性でハッピーエンドです。ところが、慢性炎症は、まるでワグナーの楽劇のように同じような繰り返しが延々と続いてなかなか終わらず、そうこうするうちに炎症の強さが一定程度を超えると、不幸な結末をもたらします。

姿を現し始めたとはいえ、まだまだその姿や生態は複雑である。慢性炎症を起こすそれぞれの「役者」たちの働きや、慢性炎症が引き起こすさまざまな病気への解説が事細かになされる。

身につまされるのは、なんといっても「肥満」である。本書によれば、肥満も慢性炎症なのだという。

「肥満により脂肪組織で持続的な炎症が始まり、その結果作られた炎症性サイトカインが他の細胞に働いてインスリン抵抗性を誘導し、血糖値が上がり、糖尿病のきっかけを作る」。医学界では、最近、このようなことがわかってきているという。

肥満は炎症、食べ過ぎ飲み過ぎは、臓器炎症の原因。まだ「慢性」だから、だいじょうぶ。冗談ではない。もう「慢性」である。

本書には、最新研究により明らかになってきた慢性炎症に対する効果的な治療法や、慢性炎症にならないよう予防する方法についても言及されている。そのなかで、シンプルだが、ズシンと響いてくるのが、著者が紹介する「貝原益軒のことば」(『養生訓』より)である。

「人生日々に飲食せざることなし。常に慎みて欲をこらえざれば、過ごしやすくして病を生ず。古人、わざわいは口より出でて、病は口より入ると言えり。口の出し入れ常に慎むべし」
(人生に飲食をしない日はないが、常にほどほどにしていないと病気になる。昔から口は災いのもとというが、口から入るもので病気になる。飲食にはくれぐれも注意が必要である)

このわたしを筆頭に多くの人々は、まるで、うまいものを食べるためにあるような人生だが、漫然と口に入れるのではなく、カラダに生じようと待ち構えている慢性炎症という「ヌエ」に好き勝手にさせてはならないのである。

「滞留」に正義はないし、「慢性」だの「マンネリ」だのなんて、ろくなものはない。この本は、食べ物と付き合い、病気と付き合いながら、いつまでも元気で長生きしていくための、おとなの「マナー本」なんだと思う。

  • 電子あり
『免疫と「病」の科学  万病のもと「慢性炎症」とは何か』書影
著:宮坂 昌之/定岡 恵

病原体などの異物が体内に侵入すると免疫反応が発動されて、組織が赤くなり、腫れて熱を持ち、痛むようになる。いわゆる「炎症」反応だ。

通常、炎症は、からだの中で起きている異常状態に対する正常な応答=防御反応で一過的なものだが、例外的にダラダラとくすぶるように続くことがある。これを「慢性炎症」と呼ぶが、最新の免疫学の研究で、慢性炎症が「万病の素」になっていることがわかってきた。慢性炎症が深く関わっている疾患としては、「がん」「肥満、糖尿病」「脂質異常症」「心筋梗塞」「脳梗塞」「肝炎・肝硬変」「アトピー性皮膚炎」「喘息」「関節リウマチ」「老化、認知症、アルツハイマー病」「うつ病」「潰瘍性大腸炎」などがあり、現代人を悩ませる病気ほぼすべてに関与しているとといっていい。

慢性炎症は「サイレントキラー」と呼ばれ、はっきりとした自覚症状のないまま進行し、本人が異常を自覚したときには身体に回復不能なダメージが及んでいることが多い。それゆえ、慢性炎症は「死に至る病」と言われる、実に怖い病気なのだ。日本の免疫研究の指導者として知られる著者が、平易な文章と明快な図解を用いて、一般にはほとんど認知されていない「慢性炎症」のメカニズムと、その対処法をわかりやすく解説する。話題の免疫チェックポイント阻害薬を用いたがん免疫療法や頑固なアトピー性皮膚炎に対する新しい治療法なども取り上げており、こうした病気に悩まされている患者や家族にとっても有用な情報が盛り込まれている。

目次

第1章 慢性炎症は万病のもと
第2章 炎症を起こす役者たち
第3章 慢性炎症はなぜ起こる?
第4章 慢性炎症が引き起こすさまざまな病気
第5章 最新免疫研究が教える効果的な治療法
第6章 慢性炎症は予防できるのか?

レビュアー

中丸謙一朗

コラムニスト。1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、独立。フリー編集者として、雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に、昭和の風俗や観光に関するコラムを寄稿している。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『車輪の上』(枻出版)、『大物講座』(講談社)など。座右の銘は「諸行無常」。筋トレとホッピーと瞑想ヨガの日々。全国スナック名称研究会主宰。日本民俗学会会員。

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