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片想いの三角関係、思い詰めて告白──繊細な恋を描く「大人のための恋愛小説」
恋は理屈じゃない──。
十何年も前、僕がまだ高校生だった頃、そんなことを言われた経験があります。どんな会話の流れでそんなことを言われたのか、いまいち思い出せないのですが、どこかうんざりした様子でそう言い放った彼女に、僕は恋をしていました。
なぜ彼女がうんざりしていたかというと、彼女は僕のことが好きではなかったからです。それだけは、はっきりと憶えています。叶うことのない片想いでした。
片想いが楽しいのは、実はほんのいっときのことで、それが叶わぬ恋だとわかると、あとはただひたすらにしんどいです。もう食べたくないのに食べさせられ続けている、甘くて苦いチョコレートのようです。そんな片想いの経験は、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。
畑野智美さんの恋愛小説『海の見える街』に出てくる登場人物たちも、そんな不安定な恋をしています。
片想いが交錯する恋愛群像劇
本書は「マメルリハ」「ハナビ」「金魚すくい」「肉食うさぎ」の4つの章で構成されている群像劇で、それぞれ語り手が異なります。共通点は、海の見える街にある市民センター3階の図書館と、その下の階の児童館で働く職員たちが主要登場人物であること。そして、その4人ともが片想いをしていて、何かしら人生における大きな悩みを抱えていることです。
「マメルリハ」の語り手は、31歳の司書で草食系の本田。彼は10年間も同じ相手に片想いをしていたのですが、一度も気持ちを伝えることができないまま、失恋します。そんなときに一年契約の職員として、6歳年下の春香がやってきた。
春香は誰が見ても可愛い美人ですが、まず空気を読みません。ついでに言うと、図書館で働くというのに、まったく本も読みません。そもそも本に興味がない。態度も悪い。はっきりと物を言いすぎるタイプで、常識がなく、いくら美人でもこの子はないだろ、と美人にめっぽう弱い僕でさえ思ったものでした。
かたや恋愛経験は豊富です。本物の肉食系。およそ10年間、草ばかり食べ続けてきた本田の手に負える相手ではありません。事実、春香に振り回される日々なのですが、そうしているうちに、ふたりの関係が少しずつ変わってゆきます。
交わらない気持ち、焦り、告白
ところが、そんなふたりの関係を好ましく思わない人物がいます。本田と同じ図書館で働く司書の日野です。日野は春香と同い年ですが、春香とはまるでタイプの異なる文系の女性で、端的に言えばオタクです。
彼女はずっと本田に片想いをしてきました。本田の長い恋わずらいが終わり、やっと自分にもチャンスが巡ってきた──そう思っていたら、さっそく別の女が(しかも可愛い女が)やってきた。面白いはずがなく、日野は焦りはじめます。その結果、本田に告白してしまう……。
本田と同じく奥手な日野が語り手の「ハナビ」では、彼女の性格を形作ってきた過去や、なかなか表に出てこない本音がつまびらかに語られます。
「アナベルはいたけれど、ロリータが見つからない」
3つめの「金魚すくい」の語り手は、児童館職員の松田。人当たりがよく、保護者にも子供たちにも人気がありますが、彼は、恋愛対象が女子中学生のロリコンです。
児童館に来る子供たちは主に小学生なので、幸い、おかしなことにはなっていませんが、なぜ彼の恋愛対象が中学生なのか、そのトラウマが明かされるこの章で、松田にも変化のきざしが現れます。「アナベルはいたけれど、ロリータが見つからない」と言った彼こそ、実は本書で最も切ない片想いをし続けた人物なのかもしれません。
片想いは実るのか──気になる恋の行方
「肉食うさぎ」の語り手は、「マメルリハ」で本田を振り回した春香です。草食系の本田とはまるきり正反対の恋愛をしてきた春香ですが、本田や日野との交流を経て、彼女の内面もドラスティックに変化します。
春香は本田のことは好きではないと言っていますが、実際のところはどうなのでしょうか。本書の読みどころのひとつは、そこです。誰と誰が両思いになるのか──というところ。カップルは誕生するのか、それとも、みんな片想いのままで終わるのか。そのあたりの予想が意外と難しくて面白い。
いくつになっても、いくら恋を重ねても、恋愛は面倒で、片想いはしんどいものですが、それでも人は人を好きになる。それは確かなことです。ゆっくりと時間をかけて、あるいは電撃的に。なぜそうなるのか僕には説明できません。本書の登場人物たちも、自分の気持ちに上手く折り合いをつけられずに悩みます。恋は理屈じゃない──きっとそういうことなんだと思います。理屈じゃないから、面倒くさいはずなのに、しんどいはずなのに、恋に落ちてしまう。いくつになっても恋愛って素敵だな、と最後には思ってしまいました。『海の見える街』は、そんな小説です。おすすめです。
あらゆる恋愛は、奇跡だ。2015年、最高の恋愛小説は、コレだ!
海の見える市立図書館で司書として働く31歳の本田。10年も片想いだった相手に失恋した7月、1年契約の職員の春香がやってきた。本に興味もなく、周囲とぶつかる彼女に振り回される日々。けれど、海の色と季節の変化とともに彼の日常も変わり始める。注目作家が繊細な筆致で描く、大人のための恋愛小説。
変わらない毎日も、愛しい。でも、誰かと出会って変わっていく毎日も、悪くない。海の見える市立図書館で働く4人の男女の物語。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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