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2017.07.01

レビュー

全編が眩しく、切ない。あの頃の風を運ぶ青春陸上小説の名作【本屋大賞受賞作】

何度、引越しをしても、決して手放せない本があります。私にとって、その数少ない本の中の1冊が、この『一瞬の風になれ』。またいつか、読み直したいと思っていたら、なんと11年も経っていました。

2007年本屋大賞、吉川英治文学新人賞のW受賞作であるこの作品は、兄にコンプレックスを持つ男の子の中学3年から高校3年までの部活動の話が、青春小説などというありきたりの言葉では追いつかないほどの眩しさで描かれています。

主人公の神谷新二は、サッカーのU16日本代表で、後にJリーガーとなる2つ上の兄、健ちゃんとは対照的に、「わりと弱っちいチーム」との練習試合でも下腹がゴロゴロと鳴り、トイレを3往復するほどのあがり症。
自分の才能のなさを自覚している新二は、幼馴染みの一ノ瀬蓮と神奈川県立春野台高校へ進学すると、サッカーとは縁を切り、陸上部に入部。

ところがこの大親友も、中学2年のとき100mの全国大会決勝に出た有名人で、健ちゃんのように決して追い抜くことができない天才なのでした。

ただし蓮は、中2であっさり陸上を辞めた「我慢という字が辞書にない男」。他校との合同夏合宿でも夜中に逃げ出したり、年上の彼女を作り、大事な競技会に穴を空けたりという自由人。それでも蓮は誰もが認める天才アスリートで、短距離の素質を見いだされた新二は、100mと4継(4×100mリレー)で、蓮と一緒にインターハイに行くという目標を持ちます。

こうして入口だけを読むと、結果が見えているありがちな話だと思われるかもしれませんが、単行本3冊、合計883ページという長編でありながら、どこを切り取ってもいい感じなのです。しかも新二の視点で書かれた1人称の文章は、まるで本物の高校生の男の子がしゃべっているようで、初めて読んだとき、とても衝撃を受けたのを覚えています。

正直、他の競技と比べ陸上は、技があったり魔球があったりするわけでもなく、特に短距離の零コンマ何秒という世界を3年間に渡って描くのは、非常に難しいだろうと私ですら想像できます。しかし、2回目の今回も、夢中になって読みました。とにかく、登場人物のキャラが立ちまくっていて面白いのです。

特に私が好きなのは、生徒から「みっちゃん」と呼ばれている陸上部の顧問、三輪先生。33歳独身のみっちゃんの部屋を訪れた新二が、ピンクのカーテンを見て、婚約者に逃げられた噂は本当なのだと確信したり、腐りかけの牛乳を飲んだみっちゃんが「今、便秘だから、いいんだ」と言うシーンは私のツボです。

こんなゆるーい兄貴のようなみっちゃんですが、新二が思い通りの走りができなかったときは、「俺の作戦ミスだ」「今日のおまえに反省点はない。落ち込むのはもちろんだが、反省することも禁じる」と目を赤くしながら言うのです。もう、上司にしたいNo.1キャラです。

さらに新二が所属する陸上部には、占いやジンクス好きの先輩、大阪弁でお調子者の後輩、美人なのに男勝りな同期の女子もいて和気あいあいとした雰囲気。

もちろん、恋の話も出て来ます。

「部内恋愛禁止」という掟を頑に守る新二は、控えめで努力家の谷口若菜が好きで、でもその谷口は100mの覇者で、他校の仙波一也が好きという三角関係。引退するまで告白はしないとグッと我慢をする新二ですが、高校生活最後のレースを終えた谷口は嬉しさのあまり、みんなが見ているのもお構いなしに、新二に抱きつき、新二オロオロという展開もあります。

また、新二が3年になると、速いけれど嫌われ者の1年、鍵山が入部し、4継に抜擢されます。その鍵山が怪我をしたため、3年の根岸を4継に戻そうと画策するメンバー達。ところが根岸は、「なんで、おまえら、そんなにケツの穴が小せえんだ。せこいこと言ってくれるなよ」「チームがインターハイで優勝するには、自分では無理だ」と鍵山に付きっきりで、バトンの渡し方を教えるのです。

リオデジャネイロ五輪の4継で、日本チームが銀メダルを獲得したリアルな現実もあいまって、後半のクライマックスに向けて私は、ウルウルしっぱなしでした。

この本は間違いなく、誰にでもある学生時代特有のあの頃の風を運んで来てくれます。若い方はもちろん、あの頃をすっかり忘れてしまった世代にも、是非、読んで欲しい1冊です。

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

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