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昨年、確認される日本初のケースとして、「社会的卵子凍結」による出産が大きく報道された。担当したオーク住吉産婦人科の船曳美也子医師と、妊娠と出産をテーマとする新作を上梓(じょうし)した甘糟氏が、医療の進歩が女性に何をもたらすのか、語り合った。
社会的卵子凍結とは?
甘糟 社会的卵子凍結というのは、病気ではなくて、仕事やライフスタイルの都合などの理由で卵子を凍結することでしょうか。
船曳 そうです。医学的なものも社会的なものも、やることは技術的に全く一緒なんです。
甘糟 昨年、日本で初めて公表された社会的卵子凍結による出産があったのが、こちらの病院なんですね。
船曳 そうです。
甘糟 いまこちらで、社会的理由で卵子を凍結されている方はどのぐらいいらっしゃるんですか。
船曳 実人数で360人ぐらいです。2014年から年間で100人ずつぐらい。
甘糟 これからもっと増えていくんでしょうね。
船曳 これは自分からアクションを起こさないと誰も教えてくれないことなので、報道とかで、「あ、こういうことがあるんだ」とか「こういうふうに妊娠力が落ちるから、将来欲しいと思うんだったら早くしといたほうがいいんだ」というような知識が広まったらもっと増える可能性があると思うんです。
甘糟 こちらで治療した360人の方だと、卵子凍結をした時の年齢は何歳ぐらいの方が多いのでしょうか。
船曳 平均で40歳ちょっと前ぐらいです。
甘糟 年齢制限は行ってない?
船曳 いま、うちはしてないですね。
甘糟 たとえば、48歳、49歳の方が卵子凍結したいと言った場合でも?
船曳 ちゃんと卵子が育てば採りますね。あまりいらっしゃらないですが。
甘糟 卵子凍結はいつごろから始まったのでしょうか。
船曳 体外受精のときに卵子が複数採れるんですが、イタリアで受精卵の凍結が禁止になってから、それなら卵子を凍結して治療しましょうということになり、卵子凍結による出産例が増えました。最初は1986年なんですよ。
甘糟 そんなに前からあるんですか。もっと最近の技術だと思っていました。
船曳 でもそのときはまだ凍結法がちょっと古いやり方でした。卵子は比較的大きな細胞で、水分がたくさんある。ゆっくり凍らせると氷ができてしまい、融解したとき、細胞が割れてしまうんです。なので、あまり生存率がよくなかったんですが、1999年に「超急速ガラス化法」という方法ができました。液体窒素にチョンと浸けるやり方です。
甘糟 先生は何年から卵子凍結を手がけてらっしゃるんですか。
船曳 ここでは2008年からです。
甘糟 当時は、すごく斬新な方法だったんでしょうか。
船曳 そのころは社会的な理由ではなくて、精子が採れないなどの理由ですが。
甘糟 体外受精で、ですね。年齢的な問題は?
甘糟 トータル360人の卵子凍結をして、そのうち出産された方は何人ですか。
船曳 治療に使い出したのが13人です。
甘糟 年齢の分布を伺ってもいいですか。
船曳 30代から40代です。パートナーがいても、結婚していないと体外受精はできない。だから、付き合っていても、まだちょっと子供をつくりたいと男性には言えないので、とりあえず自分でできることだけでもやっておこうと。妊孕性(にんようせい)の問題もあるので。そう思って卵子凍結をする方がやはり多いようです。
甘糟 みなさん、その後ご結婚されたということですか。
船曳 はい、卵子凍結のあとに。
甘糟 卵子凍結に使う卵子は、やはり若いほうがいいんでしょうか。千葉県浦安市では20歳から34歳まで補助金が出るとのことです。そうすると、40代に卵子凍結が広まっても、結局40歳より前に考えたほうがいいということになるんでしょうか。
船曳 みんな失礼だと思います。40代になったら絶対無理みたいな感じで決めつけて。可能性は低くはなりますが、いきなりゼロになるわけじゃない。
甘糟 いつゼロになるのか、それは誰もわからないと。
船曳 そうです。個人差がすごく大きいんです。女性の閉経は平均50歳なんですが、40歳で閉経する人もいれば60歳近くまである人もいるので。女性の生殖年齢の幅はすごく大きいんです。だから40代でも自然妊娠することがある。18世紀ごろの避妊法がない時代の統計では、40代でも妊娠出産はしていて、ただ20代前半に比べると5分の1ぐらいになってはいるんですが。
甘糟 先生のクリニックでの13名の方は出産に至ったんですか。
船曳 出産は少なくとも2人。いま妊娠中が3人。妊娠反応が出たけれど出産までいかなかったのが2人。
甘糟 出産までいく例はまだ少ないんですね。
船曳 1個の融解した卵子から出産する確率は、25歳で約15パーセント、42歳で約5パーセントです。
甘糟 もっと下がるかと思ったら、3分の1ぐらいなんですね。卵子凍結をするときは、1回で何個ぐらいの卵子を1人から採るものなんですか。
船曳 同じ刺激法をして何個育つかによります。たくさん育てば、それを全部採るので。卵巣にある卵子の数は加齢によりどんどん減っていくため、もうかなり減っている方の場合は刺激しても育たない。たとえば10個の方もいれば、3、4個の方もいる。本当に個人差ですね。反対にあまり刺激し過ぎると、卵巣が腫れてお腹が痛くなるとか、卵巣がねじれて手術しないといけなくなるなどのリスクもある。
甘糟 刺激というのは?
船曳 ホルモン注射ですね。卵胞刺激ホルモン。
甘糟 費用はどのくらいなんですか。
船曳 1回で10個採れて5年間保管したとすると、採卵費用なども全部含めて、約50万円です。
甘糟 体外受精は、1年間で何回ぐらいできるものなんでしょうか。
船曳 体外受精自体は、刺激法だったら2ヵ月に1回です。確率の問題なので、とにかくベストな方法で、最大限の治療をやっていくしかない。それを繰り返していくと、やはり報道された彼女みたいに上手くいく。
甘糟 そうすると、妊娠までいかない方のほうが割合は多いものですか。結構しんどいですよね、それも。
船曳 妊娠するかどうかは、やはり受精卵の力が7割で子宮が3割ぐらいなんですよ。着床に関しては検査がいろいろあり、対策もあるので、かなり改善しています。だからあとは受精卵の問題だけなんです。受精卵が正常かどうかというのは、要するに染色体だけの問題なんですね。でも、染色体が正常かどうか検査しようと思えば可能なんですが、いまは日本では適用が厳しい。
甘糟 倫理的な問題ですね。
船曳 一般的にはまだできない状態です。ただ、海外ではそれが普通になってきているので、そのうち日本も変わってくるとは思うんですが。
着床と出産年齢
甘糟 先生がいままで不妊治療を手がけた方で、一番、着床した年齢が高い方っておいくつですか。
船曳 出産した方では50歳ですね。
甘糟 50歳! いたずらに「いくつになっても大丈夫」と煽るのはよくないとは思いますが。
船曳 そうですね。確かに40代後半、50歳前後で出産したと聞くと、自分もできると思う人がいるかもしれません。でも40代前半で閉経する人は10パーセントぐらいいるんですよ。30代でも1パーセントぐらいいると言われている。20代でも0.1パーセントぐらいの早発閉経はあるので、そういう人たちは早く治療しておかないと産めなくなってしまう。閉経する約10年前が自然妊娠で出産できる年齢の目安。
甘糟 リミットですか。
船曳 自然妊娠ではそれぐらい早くて、そのさらに10年前ぐらいから妊娠力が落ちだすんです。だから50歳で閉経する人だったら、40歳が自然妊娠の限界で、30歳ぐらいから少しずつ……。
甘糟 30歳から落ちちゃうんですね。
船曳 正確には24~25歳がマックスです。そこから少しずつ落ちだして、32歳ぐらいからさらに落ちだします。
甘糟 いまの世の中だと20代前半で子供産んで育てるなんて、経済的に難しいのかもしれません。
船曳 ヨーロッパの生殖医学会が出した報告では、子供1人を自然妊娠したければ、32歳までには妊活をしたほうがいいとあります。2人欲しかったら27歳、3人欲しかったら23歳まで。体外受精を考えたとしても、強く希望するなら31歳ぐらいまでには始めたほうがいいということに。
甘糟 私の世代だと、もっと若いころに知りたかった、という人が多いと思います。
船曳 30年前は避妊がメインだった。当時は20代前半で結婚して出産するというのがほとんど。それからの30年間ぐらいで生き方もすごく変わってきた。先進国で少子化が進んで、女性も高齢の妊娠になっている。やはりこういうことを早く教えていこうということで、やっと注目され始めた感じですね。ただ、医学的知識を持ったからといって、産んでいたかというと……。
甘糟 1人でできることではないですもんね。
船曳 こういう成熟社会だと、結婚して子供産んで一人前というわけじゃなくて、一人前になってから結婚するものという形に変わってきている。女性の場合は一人前にならないといけない期間と、生殖の適齢期が重なってしまうのがジレンマで。技術的な解決法の一つとして、いまのところ卵子凍結しかないんじゃな いかなと思うんです。基本的に私たちは、すべての生殖に関しては、プライバシーの問題だと捉えています。どんな生き方だってある。結婚する、しない、子供を産む、産まない。それはもう自分がどうしたいかだけなんですよ。他人が言うことじゃない。
甘糟 ただ、あとから「知らなかった」というのだけはよくないと思っていて。
船曳 だからそういう生物学的事実だけを教えればいいのであって、それは生物学の授業で言うべきで。性教育になると、どうしても道徳が入ってくるんですね。
甘糟 産まなきゃいけないみたいに教えられるのもちょっと違いますしね。
卵子凍結とこれからの社会
甘糟 日本で初めての卵子凍結による出産が10年以上前とおっしゃいましたが、その後何らかの異常などは公表されているのでしょうか。
船曳 染色体異常については、出産例が増えてから調べてみたら、自然妊娠と変わらなかったという統計が出ています。2012年にまずヨーロッパで、翌年アメリカで。もう実験的治療ではなくなったんです。
甘糟 母体についてはどうなんでしょう。たとえば、子宮とか。
船曳 子宮の着床力に関して、年齢はあんまり影響しないんですよ。何歳でも妊娠できる。海外では50歳、60歳で妊娠している人もいますし。
甘糟 受精が難しいんですか。
船曳 卵子だけが加齢するんです。子宮は大丈夫。ただ、妊娠したあと出産になると、妊娠期間の10ヵ月があるので。
甘糟 体力の問題?
船曳 血管ですね。妊娠ってすごく体に負担がかかって、血液量も1.5倍に増えるんです。するとそれだけの血液を運ばないといけないので、血管が伸び縮みできないと異常が起こる。胎盤も血管の塊なので、異常が起こると胎盤早期剝離といって母児ともに命に関わるような病気になったり、血管が硬いと血液が増えても血管が広がらないから妊娠高血圧症候群になったりする。あと、メタボで代謝が悪くなっていると、妊娠中はもともと糖尿病になりやすいので、妊娠糖尿病になったり、妊娠中の合併症が出たりするんです。だから、受精卵を母体に戻すときは、40代前半までにと日本生殖医学会は勧めてる。
甘糟 凍結した卵子は、永久に保存できるんですか。
船曳 変性しないかということですか。理論的には半永久的に保存可能です。質を保ったまま。ただ、まだ長期で保管している例がないですから。
甘糟 体外受精や顕微授精はかつて特殊なものだったけれど、いまでは不妊治療の定番です。卵子凍結もそうなっていくんじゃないでしょうか。選択が増えればいいというものではなく、本人の意思で選べる環境が大切だと思います。
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船曳美也子(ふなびき・みやこ)
1960年、兵庫県生まれ。産婦人科医、生殖医療専門医。1983年、神戸大学文学部(心理学専攻)卒業。1991年、兵庫医科大学卒業。不妊治療を専門とし、各種検査から体外受精・顕微授精の高度技術をカバーする設備を有する医療法人オーク会に勤務。自らも2度の結婚と、43歳での初めての妊娠、出産という経験を持つ。
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甘糟りり子(あまかす・りりこ)
1964年、神奈川県生まれ。玉川大学文学部英米文学科卒業。ファッション、グルメ、映画、車などの最新情報を盛り込んだエッセイや小説で注目を集める。近著『産む、産まない、産めない』は、妊娠と出産をテーマにした短編小説集として大きな話題を集めた。2月15日に待望の文庫化!
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「掌から時はこぼれて」39歳の女性弁護士が、ふとしたきっかけで知った卵子凍結の情報に、心が大きく揺さぶられて……。/「折り返し地点」妊娠よりもオリンピック出場を優先してきた女性アスリート。レース前、胸に去来したものは?/他5編を含む全7話。
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