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家族は全員、猟奇殺人鬼です──江戸川乱歩賞、破天荒な受賞作
ん、なんだこれ……? いきなり不躾で申し訳ないが、それが最初の感想だった。
『QJKJQ』。この本のタイトル。何を意味しているのか、さっぱりわからない。なんとなくあれかな、これかな、なんて想像したりする。でも、やっぱりわからない。そりゃ、わからんよ。わからないけど、「まあまあ面白い本なのだろう」ぐらいには思っていた。
『QJKJQ』は、第62回江戸川乱歩賞受賞作品。一定水準以上のクオリティは保証されている。
で、実際に読み始めてみると……。
なんだこれ!――めーちゃくちゃ面白い。まあまあ面白いどころじゃない。まあまあとか言って、本当にすみません。冒頭からずっと面白いのだ。尋常じゃないよ。
でも、よくよく考えてみれば、面白いはずだった。本のタイトルは、とても大切です。タイトルいかんで手に取ってもらえるかどうか、決まる場合だってあるのだから。
『QJKJQ』――こんな暗号めいたタイトルから内容を推察するなんて、ほぼ不可能だ。とすれば、普通はこんなタイトルはつけない。なのに、これで行くと決めたということは、よほど中身に自信があったのだろう(実際の経緯は知らないけれど)。
そもそも、設定からして奇抜である。
市野亜李亜(いちの・ありあ)は、17歳の女子高生。西東京市在住。アメリカのロックバンド〈マリリン・マンソン〉が大好きな“猟奇殺人鬼”。
彼女はそのことを、家族には一切隠さない。隠さない理由は、亜李亜の母、杞夕花(きゆか)も殺人鬼で、4つ年上の兄、浄武(じょうぶ)も殺人鬼で、住宅販売員の父、桐清(きりきよ)も殺人鬼だから。揃いも揃って全員、猟奇殺人犯。市野家は猟奇殺人一家なのだ。
猟奇殺人一家……つまり、この小説はスプラッターホラーなんですね、とか思われそうだが、いやいやそれは違う。少なくとも、僕はそんなふうには読まなかった。というか、読めなかった。読んでもいいとは思うが。
凄惨な殺人シーンは出てくる。でも、くどくど書かれていないし、それは作中、重要な地位を占める要素ではあっても、核となる主題ではないからだろう。
そうじゃないのだ。
夏の日の夜、“平穏”に暮らしていた亜李亜の日常は、唐突な変化を余儀なくされる。それまでの日常が壊れてゆく。
兄の浄武が自室で何者かに惨殺されたのをきっかけに――。
父親を呼びに行く亜李亜。しかし部屋に戻ると、兄の死体は忽然と消えている。床の血溜まりも綺麗に拭き取られている。
兄を殺した犯人が死体を運び出したのだ。そう考えた亜李亜は、母親も呼んで家族3人で、まだ屋内にいるはずの犯人を見つけ出し、落とし前をつけさせようとする。ところが、どこにもいない。兄だけでなく、犯人さえも消失。そればかりか翌日の夜、続けて母までいなくなる。書き置きのひとつもなく、やはり忽然と。
亜李亜はもちろん、わけがわからない。常から冷静な父はこんな事態に陥ってもやはり冷静で、亜李亜だけが混乱している。やがてその父との関係もおかしくなり、亜李亜は家を出て、自分と自分の家族にまつわる謎を解き明かそうとする。
さすが乱歩賞受賞作品だけあって、ミステリとしても申し分ないクオリティ。小気味よい文章と、ほどよく効いている著者の博識。それだけでも一読の価値がある。しかし、この謎めいたタイトルの小説が深々とえぐり出し、追究しようとしたのは、やはり、そういうことじゃないと思うのだ。
人が生きるとは、どういうことなのか。
僕の思い違いかもしれないが、たぶん、それではなかろうか。
殺人を描き、人に迫る。終盤からラストに至るまでに描かれる登場人物たちの会話や心理描写が、とくにそう思わせる。しかし読了したからといって、人というものに対する明確な答えはたぶん出ない。読み終えた読者の数だけ答えはある。抽象的だったり、具体的だったり、いろんな答えが。
詳しくは書かないけれど、僕の場合は、世界的な情勢や日本国内における世相などと、がっつり重ねて考えていた。それが正しい読み方なのかどうかはわからない。むしろ、牽強付会だと思ってもいる。でも、僕にとっての人とは、人がこの世界で生きるということは、現状、そうしたものと切り離すことができないものだ。
だからそんなふうに考えた。いずれにせよ、衝撃的な作品に出会えたのはまぎれもない事実である。謎めいたタイトルも、その意味がわかると、そういうことだったのかと瞠目させられる。示唆的で、大胆。最初は意味不明でしかなかったが、この小説のタイトルとして、おそらくこれ以上のものはない。冒頭からラストまでノンストップ。こんな凄い作品、お薦めしないわけがないのだ。
レビュアー

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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