今日のおすすめ

PICK UP

2016.06.18

レビュー

「捜査一課」相棒ミステリの超傑作──乱歩賞作家、飛躍の最新刊

正義など、どうでもいい。

正義とか治安とか、そんなのは守りたい誰かがいて初めて成り立つんだ。

これが県警本部捜査一課のベテラン刑事、〝現場の番場(ばんば)〟の考えだ。その番場とコンビを組むルーキーの船越は、誰もが納得できる〝わかりやすい〟正義感の持ち主。だが、どちらかといえば僕は、作中、番場こそが誰よりも正義の人なのだと感じ取った。ある意味、彼はとても正直だ。その正直さと社会が求める正義とに多少の誤差はあれど、番場の考えは決して特異なものではない。そのことは5編からなる収録作品を読んでもらえれば、理解してくれる人も多いだろうと思う。

「月に吠える兎」
連作短編のトップバッター。若い女性のバラバラ殺人が出てくる衝撃的な出だしのため、初っ端から面食らう読者もいるはずだ。遺体には指が2本足りず、その後、別のバラバラ死体が発見される。犯人がなぜ遺体をバラバラにしなければならなかったのか、その理由が秀逸。予備知識なしに読み始めた僕は、この短編で本書が本格ミステリであることを知った。番場、船越ら登場人物たちの人間描写もしっかりと書き込まれているため、40ページにも満たない短編なのに、とても濃密。こうした人の描き方が、著者・呉勝浩さんのデビュー当時から変わらない特徴で、長所だと思う。

「真夜中の放物線」
十字路の中央で発見された死体。死体は10階建てのマンションから飛び降りたとしか思えない。しかし、マンションから十字路までは21メートルも離れていた。「月に吠える兎」では、なぜ犯人は死体をバラバラにしたのか、そこが推理のポイントだったが、「真夜中の放物線」では自殺なのか他殺なのかを問いつつ、物理トリックに挑んでいる。前の短編とはミステリとしての趣向が異なっていたので、作者はこの手の本格物も書ける人なのかと驚いた。

「沈黙の終着駅」
駅の階段から転げ落ちて死んだ介護職員、加島和敏は、そのとき多賀林蔵という老人と一緒にいた。殺人か、事故か。真実を知るはずの多賀は、言語障碍を患い、返事をしてくれない。脳梗塞で指に麻痺が残り、字を書くこともできない。意外な真実が判明するこの「沈黙の終着駅」の終盤から、番場個人の正義がより明確に、読者と犯人の前に提示されることになる。のみならず、番場が、自分よりもふた回りも年下の妻・コヨリの足に、こっそりマニキュアを塗ってあげる場面に、彼の優しさがぎゅうぎゅうに詰まっていると思った。番場の人間的な部分(優しい部分)は、若い妻とセットで描かれることが多い。

「かくれんぼ」
閑静な住宅街の幼稚園に、長身の男が現れた。その1時間後、敷地を機動隊が包囲する。刑事たちが突入すると、ナイフを手に持った幼稚園の職員・荻野千佳が跪き、男は倒れていた。荻野が殺したのか? だとすれば、動機は? すべての謎は解き明かされるものの、「それがあなたの正義かっ」と番場の考えにある人物が異を唱え、猛反発する。個人的には、番場の考えはわかる。だが、さらに衝撃の展開がそのあとに待っていた。

「蜃気楼の犬」
連作短編のアンカーを任された作品だけに、質・量ともに読み応えは抜群。庵仁通りのスクランブル交差点で、連続銃撃事件が発生。被害者は4名、うち3人が死亡、残るひとりは意識不明の重体で、交通規制と検問がしかれたが、犯人は捕まらない。無差別殺人なのか、計画殺人だったのか。本書収録作にはこのような二択を迫られることが多い。「蜃気楼の犬」では若い女刑事・前山が、「傘と被害者たちが狙撃された場所」という手掛かりをもとに、独自の推理を披露する。この推理の手際が見事。作中、最も鮮やかでロジカル、おもわず「エレガント」と叫びたくなった。その後、すべての真相が突き止められ、犯人と交わされる会話は、賛否両論あれど読者の胸に響くだろう。

最後に総括しよう。本書を読んでミステリとしての完成度の高さに唸らされたのはもちろん、著者の文章がデビュー作の頃と比べて明らかに洗練されていたことが、個人的には一番の衝撃だった。著者の第2長編『ロスト』は未読だが、デビュー作となった江戸川乱歩賞受賞作『道徳の時間』はしっかりと読み込んでいる。あの頃と比べて文章能力は間違いなく向上し、著者の描き出す人々や世界観を表現する上での強力な武器へと変貌している。読了後そう確信できたとき、『道徳の時間』の選考委員を務められた石田衣良さんの選評の言葉を、ふと思い出した。

「この作者には期待がおおきい」

呉さんは着実にその期待に応え始めているのだ。しかも、昨年のデビューからおよそ10ヵ月で3作目という筆の速さ。次の作品が刊行される頃には、さらなる飛躍を遂げているに違いない。

蜃気楼の犬

著 : 呉 勝浩

詳細を見る

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。



おすすめの記事

2016.03.10

レビュー

【新社会派ミステリ】外事警察の監視にも負けぬ「何者か」

2016.05.27

特集

【バイオハザード・ミステリ】生き物好きは、冒頭で感電します。

2016.06.11

レビュー

【What? ミステリ】奇抜な孤島の怪盗事件「何が盗まれたのかわからない」

最新情報を受け取る