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【夏休み鉄板】法月流ハリウッド! 刺激アイテム満載の怪盗ミステリ

怪盗グリフィン、絶体絶命
(著:法月綸太郎)
2016.07.02
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夏休みに入ると、しょっちゅう誰かと遊んでいた記憶がある。小学生の頃の話だ。もっとも、毎日だったわけではないので、どうしても暇な時間ができる。そこで殊勝に勉強にでも励めばよいが、僕は宿題こそちゃんとしても、それ以上は決してしない子供だった。余った時間に何をしていたのかというと、ゲームをするか漫画でも読んでいたか、父親が頻繁にレンタルビデオ店に連れて行ってくれたので、アニメ作品を借りてよく観ていた。劇場版の『ドラえもん』に『ドラゴンボール』、ディズニー作品、『ルパン三世』のテレビスペシャル版がとくに好きだった。だからだろう。今でも夏になると、年甲斐もなく童心に返りたくなる。絵空事の世界に没入して、「わくわく」したくなる。
 
長じるにつれ、小説もたくさん読むようになった。小説だからこそ堪能できる「わくわく」があるのだと気がつくと、娯楽小説にすっかり魅了されてしまった。そこで今回は、かつて子供だった大人が読んでも、むろん子供が手に取っても「わくわく」できる楽しい小説を紹介したいと思い、『怪盗グリフィン、絶体絶命』のレビューを書くことにしたのだ。

『怪盗グリフィン、絶体絶命』は、2006年3月、講談社の「ミステリーランド」から刊行された。“かつて子どもだったあなたと少年少女のための”──これが「ミステリーランド」のキャッチフレーズだ。
 
本作の著者は、あの法月綸太郎さん。超実力派の推理作家であり、評論家としても定評のある著者が、ハリウッドのアクション映画を思わせる冒険活劇を書き上げたのだから、それはもう面白いに決まっている。

あらすじを説明しよう。
ジャック・グリフィンは普段、高額保険のかかった盗難品を合法的に取り戻す仕事をしている。が、その正体は「いわれのない盗みはやらない」「正当な持ち主の手を離れ、ふさわしくない人間の支配下に置かれた品物を救いだして、しかるべき場所に返すこと」「あるべきものを(ライト・シング)、あるべき場所に(ライト・プレイス)」が信条の怪盗グリフィンだった。
 
ある日、そのグリフィンのもとに、オストアンデルと名乗る謎の人物が現れる。ニューヨークのメトロポリタン美術館(通称、メット)にあるゴッホの自画像を盗んでくれと言うのだ。
 
グリフィンは先の信条を理由に依頼を断るが、オストアンデルは引き下がらない。「メットが所蔵している自画像は、ゴッホの真作を模写した贋物なのだ」と、とんでもないことを言い出す。本物のゴッホはオストアンデルの手元にあり、「美術館の贋物とすり替えてほしい」と言う。グリフィンは依頼を引き受けるが、その後、彼は巨大な陰謀の糸にからめ取られてゆく。

もともとジュブナイルを意識したレーベルで刊行されたからだろう。本作は、長くても数ページの短い節が連なるスタイルで構成され、著者の軽妙な筆致と相まって、とにかく話のテンポがいい。次から次へと場面が移り変わってゆくから飽きさせない。まさしくハリウッド映画のようで、映像的な小説と言ってもいいだろう。

やがてグリフィンは、アメリカ合衆国の存亡にかかわるという極秘オペレーション〈フェニックス作戦〉への参加を余儀なくされる。
グリフィンに課された任務は、「ボコノン共和国の首都サン・アロンゾに潜入し、軍の最高司令官、エンリケ・パストラミ将軍の屋敷から、古いマスコット人形を盗みだしてほしい」というものだった。「その中に、わが国の最高機密を収めたマイクロチップが隠されている」らしいのだ。

ゴッホの自画像のすり替えが、第一部。そして、このサン・アロンゾ潜入が第二部に当たるのだが(本作は全三部構成)、ここに至るまでにすでにたくさんの伏線がちりばめられ、続きが気になって息つく暇もない。止めたくても、ページをめくる手が止まらないのだ。
 
第二部以降になると、「呪いの土偶」に「女まじない師」「凄腕の殺し屋」など、わくわく感を刺激するガジェットが次から次へと出てきて、この小説をますます盛り上げてゆく。読者サービス満載。その一方で、人種と革命を巡るボコノン島の歴史が興味深い。
 
この作品が、単なるテンポのいい娯楽小説にとどまらないのは、こうした社会問題も内包しているからだと思う。そうした社会性を含んだ部分が本作の質を担保している。といっても、決してくどくはないので、かしこまる必要などはない。どのみち、圧倒的なリーダビリティによって読者は瞬く間に物語の終盤へと辿り着くはずだ。

最初から最後まで「どんでん返し」の連続である。しかも、そのクオリティが高い。そりゃ、あの法月さんが著者なのだから、ミステリとしても折り紙付きなのは言うまでもないのだ。それでも多少、話の持って行き方にご都合主義が目立つ箇所もあるにはある。だが、それは決してこの小説の欠点ではない。むしろ、魅力的なエピソードとエピソードを繋ぐ明らかな長所になっているところが、個人的には素敵だなと思っている。「わくわく」させてくれる魅力的な作品とは大概そういうものではないだろうか。

「怪盗グリフィンに不可能はない」

決め台詞も格好いいのだ。
“かつて子どもだったあなたと少年少女”の皆さんに、是非ともお薦めしたい1冊である。

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レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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