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ギリシャを救うのは「フランスの夢」か「ドイツの現実」か
(著:竹森俊平)
シリア難民の流入が続き、テロの脅威もいまだ続くヨーロッパですが、ギリシャの経済危機が去ったわけではありません。この本は今も続くギリシャ危機がもたらすものをユーロという統一通貨の問題点を中心にして分析したものです。
まず、ギリシャはどのような国家だったのでしょうか。歴史をひもとくと実に「1820年から2015年までの195年間のうち、90年以上が「債務不履行期間」に当たる」国だったのです。加えて「ギリシャの債務不履行の歴史にはユニークな点があります。ギリシャは「債務不履行期間中」に政府が新たな借り入れをすることができた、歴史上、唯一の国」だったのです。
なぜそのようなことが可能だったのでしょうか。ギリシャの持つ地政学的な意義とヨーロッパ文明の源流という歴史的な意味づけがそこにはありました。ヨーロッパにはギリシャを見捨ててはならないという空気が政治的(オスマン・トルコ帝国からの独立運動以来のもの)、文明的なもの(特にフランスで顕著でした)としてあったのです。
ギリシャ危機にどのように対するべきか、竹森さんは2001年のアルゼンチンの金融危機時にあったIMFのある議論の知見に着目しています。それはアルゼンチンへのIMFの第二次支援策に反対したケネス・ロゴフとカーメン・ラインハートの議論でした。この二人は「IMFからの融資は不履行が難しいから、それを追加することはアルゼンチンの納税者の負担を増加する」と主張しました。竹森さんはこの二人の発想の中に極めて「人間的なもの」を見ています。つまり二人の意見は「IMFが本当に救済しなければならないのは、対象国の政府ではない、債権者の立場にいる銀行でもない。そうではなくて、それは対象国の一般国民なのだ」ということをふまえた議論だったのです。
IMFからの支援を受けるということは「背後にいるアメリカ」を意識しなければなりません。また「IMFからの債務を不履行にすると、その後、IMFからの支援を未来永劫に受けられない決まり」になっています。「IMFからの債務は不履行のしにくい借金となり」、それで減免の容易な民間からの債務を支払うこと」になります。つまり結果として「返済を確実にしなければならない債務額がかえって増加してしまう。債務国の納税者の負担がそれだけ増える」ことになるのです。
これはギリシャ危機でも同様です。「こういう「人間的」な考え方が、現在のギリシャ危機の処理に当たっても原則になるべきだ」と竹森さんはユーロ圏側の支援策を手厳しく批判しています。「債務免除のない追加支援は意味がない」と。
そして次いでユーロがはらんでいる根本的な矛盾へと論を進めます。それはドイツとフランスとの欧州統合に対する考え方の違いがもたらしているものです。欧州統合は「フランスにとっては文化的な「夢」であり、「夢」として育むことが必要なもの」であったのに対して「ドイツにとっては経済的な「現実」であり、「現実」として管理することが必要なもの」なのです。ここでいう「経済的な現実」というのは統一後のドイツが欧州連合の中でどのような位置を占めるかという課題でもありました。
このフランス、ドイツの統合に関する差はユーロに対する考え方にもあらわれました。「フランスの政治家は「政治」の視点、「文明」の視点から、「ユーロ」を作ろうとした」のですが「現実に作られた「ユーロ」は「経済」の原理で機能」したため「インフレ体質の国の力を減退させ、デフレ体質の国の力を増進させる仕組み」となったのです。その結果起きたのが、フランスの経済学者エマニュエル・トッドのいう〝ドイツ帝国〟の復活という事態でした。
ギリシャ危機はユーロという共通通貨と国家の統合というものの隙間・ズレを明らかにしたものでもあります。欧州統合がドイツ型の「財政規律とルール重視のゲルマン・エリート・クラブ」の歩みをするのか、それともフランス型の「欧州統合は連帯感で進める」という「夢」を追う形になるのか、さまざまな独立運動や難民問題等もあり未来は予断を許さない状態だと思います。難民とテロ等により再び国境というものが意識されるようになるかもしれません。
その時ユーロはどうなるのでしょうか。政治と経済が切り離されることになるのでしょうか。経済的に豊かな国と貧しい国とが共通通貨を使うということはそれぞれの国に何をもたらすのでしょうか。この本はギリシャ危機を中心テーマとしていますが、同時に通貨とはなにか、国家というものはどのようなものなのかを考えるきっかけになるものだと思います。
竹森さんが先の二人の経済学者に触れてこう記していることが心に残ります。「経済学的な認識というのは、マクロモデルに数字を当てはめて経済予測ができることではない。複雑な金融資産の価格付けの公式を操れることでもない。そうではなくて、この二人の経済学者のような発想が自然に出てくることなのだ」という言葉が。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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