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日本の刑事司法の異常。裁判官はどのように判決を下しているのか

ニッポンの裁判
(著:瀬木比呂志)
2015.11.13
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司法がおかしい、とはここ数年いわれています。冤罪事件や国策捜査にのった裁判所の判断、さらには安保法制で問題になった砂川判決などなど、司法とはどのようなものなのか、何のために、誰のためにあるものなのかと首をかしげたくなる人が多いのではないかと思います。
そのような司法の実態に実例(判決等)に即しながら鋭いメスを入れたのがこの本です。裁判官は誰を見て判決文を書いているのか、そもそも裁判官の判断はどのように行われているのかという根本から考えさせてくれるものです。

日本の刑事司法が〝異常〟であることは国際的にも知られています。
2013年5月にジュネーブで開かれた国連の拷問禁止委員会では、刑事事件の取り調べで弁護士の同席がないことを指摘され「日本の刑事司法は中世だ」といわれたことがありました。それに対して日本の上田人権人道大使の激昂したとおぼしき抗弁がなされました「日本は、この(刑事司法の)分野では、最も先進的な国の一つだ」と。これは参加国の失笑(?)をかったようです。(その直後の上田大使の「笑うな、シャ・ラップ」発言はあきれかえるしかありませんが)

その後、警察や検察の取り調べの可視化は一部の事件で義務化が決定されましたが、それはごく限られたもので全体の刑事裁判の3%程度だといわれています。警察・検察・司法の世界の「中世」はまだ終わっていないようです。

ではそのような取り調べを受けて開かれた法廷で、裁判官はどのようにして判決(判断)をくだしているのでしょうか。
瀬木さんはこう答えています。「主張と証拠を総合して得た直感によって結論を決めている」と。さらに「書証を見れば七、八割方の予想はつくと思う。実際、このような段階で直感的に得られた心証がその後の審理でくつがえることはかなり少なかったとも思う」とも記しています。そして判決文は「直感的、総合的判断を事後に論理的に検証しながら書かれるもの」だとも言っています。「裁判の内容は、裁判官の人間性や能力によっていくらでも異なりうる」ものだということです。
そしてその裁判官によってくだされた判決によって「法」が作られていくのです。

この裁判官の判断はどこまで信頼できるのでしょうか。その危うさが最も出ているひとつが仙台高裁での原発訴訟の判決でした。そこにはこのような文章が入っていました。
「我が国は原子爆弾を落とされた唯一の国であるから、我が国民が、原子力と聞けば、猛烈な拒否反応を起こすのはもっともである。しかし、反対ばかりしないで落ち着いて考える必要がある」と始まり、「結局のところ、原発をやめるわけにはいかないであろうから、研究を重ねて安全性を高めて原発を推進するほかないであろう」と終わっているものでした。
この判決文を私たちはどう受けとめればいいのでしょう。瀬木さんのいうとおり「司法の機能を完全に放棄し、原告らと国民を愚弄するもの」としか思えません。「裁判を行っている官僚」「法服を着た役人」の驕った判断としか思えません。

行政訴訟の「勝訴率がわずかに八・四%」というのも裁判官の官僚化がもたらしているもののようです。「行政の裁量を広く認めて、国等の被告に有利な判断をすることが望ましい」という方針があるとすら瀬木さんは記しています。
この国では「司法による行政の適正な監視という制度本来のあるべき目的、その意味での三権分立の趣旨の実現は、日本では、ほとんど達成されていない」のです。
そしてそのような裁判官がくだす判決によって〝法〟は作られていきます。
裁判官の資質が問題になるゆえんです。もちろん裁判官が属する組織の問題でもあります。

この本の最後近くにある
「日本の裁判所・裁判官、ことに最高裁長官や最高裁判所事務総局は、自民党を中核とする政治権力や行政官僚集団および経済界の総体と、世論の動向とをうかがいつつ、基本的には、つまり、「統治と支配の根幹」については、権力と財界に従い、そうでない部分では、可能な範囲で世論に迎合しようとする傾きがある。そして、いずれにせよ、重要なのは「世論」にすぎず、個々の国民、市民、制度利用者ではない」
という瀬木さんの指摘は私たちが心しなければならないものだと思います。有名無実化した「法の番人」を取り戻すことから私たちは始めなければならないのかもしれません。行政権力の暴走を止める「憲法の番人」はどこにいるのか……。瀬木さんが警鐘を鳴らす「裁判官の質の劣化、モラルの低下」をどのように止めればいいのか……。


「国民、市民の権利と自由を守るべき最も重要なセクターが丸ごと失われてしまうことになる」ことは絶対に避けなければなりません。そのためにもこの本は熟読されるべきものなのではないかと思います。数多い判例を読み進むにつれて司法の危機の実態が明らかになるとともに、私たちがいかに危うい基盤の上に立っているのかも感じさせるものでした。
安保法制の違憲裁判はどのようになっていくのでしょうか。憲法の番人は〝まだ〟いるのでしょうか……。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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