今日のおすすめ
パラドックスは私たちが生きていることの不可解さを明らかにしているものなのです。
(著:池内了 イラスト:ワタナベケンイチ)
パラドックスというと
「アキレスは亀に追いつけない」
「飛んでる矢は止まっている」
「全てのクレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」
ということを思い浮かべる人が多いと思います。
この本も、もちろんこの古代ギリシャのパラドックスの話を取り上げています。楽しいイラスト付きでその面白さをわかりやすく紹介しています。けれどそれはほんの序章です。
著者のパラドックスの話は古代ギリシャからガリバー旅行記(『ガリバー旅行記』等の作者)やマーク・トウェイン(『トム・ソーヤの冒険』等の作者)のパラドックスの話を経て宗教上のさまざまなパラドックスをわかりやすく簡潔に紹介しています。でもここまでの話はいわば論理(言葉)上のパラドックスの話です。
この本の醍醐味はさらにその先にあるのです。物理学の不思議な世界を紹介した後、生命世界のパラドックスへと話は進んでいきます。
「皮膚細胞はある一定の時間を経るとアポトーシス(死の指令)によって死を迎え、垢となって体から剥がれ」
「新しい細胞が生まれ(略)ちょうど釣り合って皮膚の形態を保持しています」
これは、生命体というものが実は、生と死が拮抗しているパラドックスの極みにあるものだといっているのです。
著者によればガン細胞はアポトーシスを拒否して生き続けようとしている細胞で、生き続けようするために「かえって生体そのものの死につながる」というパラドックスの見本なのだというのです。生と死とはさまざまな考え方によって語られて続けていますが、著者のパラドックスというものからの視点はとても新鮮で含蓄が深いものに感じられます。
そして著者はさらに、現代社会がいかにパラドックスに満ちているかと話を進めていきます。
身近なところでは「便利になれば多忙になる」から始まり、地球規模の資源に限りがありそこに必ず限界が現れるのに成長を求め続ける「成長路線のパラドックス」など、私たちが見ないようにしているさまざまなパラドックスを取り上げ、そのねじれ具合を平易な言葉で明らかにしています。
この本はパラドックスというものが、私たちが生きていることの不可解さを明らかにしているものなのだということを教えてくれています。私たちが現在の世界に生きることとはどういうことなのかということをもう一度考えるときに大きなヒントを与えてくれる一冊なのだと思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
関連記事
-
2014.08.13 レビュー
「地球“軽元素”進化系統樹」(分子と生物の統一進化系統樹)、ここへいたるまでの思考と実験、仮説の積み重ねの迫力
『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』著:中沢弘基
-
2014.08.18 レビュー
動物に普遍的なのが、重力を感知する平衡覚器である。重力こそは、この地球で最も普遍的な感覚刺激であり(略)さまざまな感覚刺激の中で「壁」がないものは唯一、重力だけなのである
『図解・感覚器の進化 原始動物からヒトへ水中から陸上へ』著:岩堀修明
-
2014.08.25 レビュー
宇宙からの贈り物、突然やってくる、それは時に地球システムを狂わせるものでもある……。
『天体衝突 斉一説から激変説へ 地球、生命、文明史』著:松井孝典
-
2014.08.26 レビュー
進化の妙を感じさせる人間の内部に秘められたドラマ
『図解・内臓の進化 形と機能に刻まれた激動の歴史』著:岩堀修明
-
2014.10.08 レビュー
夢ふくらませて今宵の満月(皆既月食!)はきっと、いつもと違って輝いて見えると思います
『世界はなぜ月をめざすのか 月面に立つための知識と戦略』著:佐伯和人 編集協力:宇宙航空研究開発機構(JAXA)
人気記事
-
2024.06.28 レビュー
能登半島地震の悲劇を徹底取材──「政治の人災」を繰り返さないための防災マニュアル
『シン・防災論―「政治の人災」を繰り返さないための完全マニュアル』著:鈴木 哲夫
-
2024.06.26 レビュー
【衝撃の手記】ゴーン会長のもと、日産社長を務めた男はそのとき何を考えていたのか?
『わたしと日産 巨大自動車産業の光と影』著:西川 廣人
-
2024.07.01 レビュー
「趣味はダイエット、特技はリバウンド」という方へ! モチベーションアップのコツ
『にゃんこダイエット モチベーション ブック 一念発起×初志貫徹 痩せにゃいわけない辞典』編:ダイエット・モチベーション・クラブ
-
2024.06.30 レビュー
「弱いまま、強くなる」 MEGUMIさんが、美容を“やる”理由とは!?
『心に効く美容』著:MEGUMI
-
2024.06.24 レビュー
ホンモノ中華料理にアナタの肥えた舌を捧げよ!
『進撃の「ガチ中華」 中国を超えた? 激ウマ中華料理店・探訪記』著:近藤 大介