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戦争の陰で暗躍する武器商人。その系譜と実態を暴き、戦争が起きる仕組みを明らかにする

死の商人 戦争と兵器の歴史
(著:岡倉 古志郎 解説:小泉 悠)
2024.07.12
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「死の商人」という言葉を広めた書

本書は、こんな一節ではじまっています。

あなたは、たぶん、マーガレット・ミッチェル女史の名作『風とともに去りぬ』を読んだことがあるだろう。あるいは、豪華版の天然色映画「風とともに去りぬ」を観たことがあるだろう。

このイントロを読んで、「どっちも知らねえや」と思ったのは自分だけではないでしょう。じつはこの本、すこし古い本なのです。初版は1951年。当時、敗戦国日本は独立しておらず、GHQ(米軍)の支配下にありました。思想統制もされていましたから、アメリカ/ヨーロッパ批判ととられかねない本書は危険文書とみなされる恐れもありました。最悪の場合は著者の逮捕拘束につながらないとも限りません。それを回避するために、初版は表現をあいまいにせざるを得ませんでした。

本書は多く読まれベストセラーとなり、改訂新版が出版されるはこびとなりました。1962年のことです。すでに日本は独立していますから、著者ははばかることなく表現をあらため、執筆意図を明らかにしています。
この本は、その改訂新版を底本とした、何度目かの復刻にあたります。

著者は改訂新版の「あとがき」で、1951年の状況についてふりかえりつつ、こう述べています。

当時は、欧米ではともかく、日本では、まだ、「死の商人」ということばさえ、一部の専門家、学者以外には、ほとんど知られていなかった。ところが、一一年後のいまではどうだろう。「死の商人」ということばは、何十万、何百万の平和愛好者、原水爆反対者などのあいだに広く知られている。

「死の商人」という言葉は現在でも――たとえば武器輸出の是非を論じるときなどに――使われていますが、その端緒はこの本にありました。

わかりやすく悪いやつ

石ノ森章太郎先生の傑作『サイボーグ009』は、敵を「死の商人」としています。
多国籍の(少年少女をふくむ)男女を拉致して、肉体を改造し、兵器として開発したのは、ほかでもない「死の商人」たちだったからです。『サイボーグ009』とは、悲しき9人の戦士と「死の商人」との闘争を描いた物語でした。

「死の商人」は、「悪」あるいは「敵」として、これ以上ないほど適当な存在でした。
本書に素晴らしい解説をつけて現代性を付与した小泉悠さんも「えげつない」と評していますが、「死の商人」は本当に、とてつもなくわかりやすく悪いやつなのです。対立する双方に武器を売りつけるのは当然のこと、祖国の敵も客にするし、戦争を煽ろうともします。第二次世界大戦におけるナチスドイツや日本軍部の台頭も、背景には「死の商人」の暗躍がありました。
とはいえ、彼らは「われわれが悪いのではない」と語ります。

たとえば、「死の商人」の反対者たちが、「『死の商人』は極悪非道の悪漢である、かれらは世界平和に挑戦し、戦争を誘発する、科学や技術の進歩を人類の幸福のためにではなく、人類の破滅のために利用する非人道的、反社会的な徒輩だ」と非難するのにたいして、「死の商人」たちはどう答えたであろうか。
「自分たちは悪漢でも何でもない、自分は単に実業家としての慣行にしたがって取引をしているだけだ。たまたま、自分が武器を取引するためにとんだ非難を受けるが、自分たちと乗用自動車のセールスマンといったいどこがちがうのだ」。これが「死の商人」の答えの一つである。

そして彼らはこうも言います。「われわれは宣戦布告する権限なんて持ってないんだ!」

戦争は好景気を呼び寄せる

本書には、リンカーンの次の言葉がとても印象的に引用されています。
「こういう悪魔のような事業家どもは、頭のどまんなかをブチ抜いてやる必要がある」
本書を読んだ方なら、リンカーンの怒りはよくわかるでしょう。

前述の小泉悠氏の解説によれば、現代は国際法の充実によって、本書に列伝形式で書かれたような「死の商人」はなりをひそめるようになっているそうです。兵器開発において重要な役割を果たした重工業も、以前より地位を低下させている、という指摘もあります。
しかし、だから「死の商人」はいなくなったわけではありません。むしろ、見えづらくなっているのです。「死の商人」は巧妙にまぎれ、あなたも私も「死の商人」かもしれない。そんな状況をつくり出しました。

たとえば本書は、戦後すぐの朝鮮戦争が招いた「特需」について、こう語っています。

朝鮮戦争勃発とともに、日本は、たちまち、アメリカの軍事基地、補給基地になった。「特需」という名のアメリカの軍需注文が洪水のように押しよせ、数百億円もあったストックは一掃され、繋船されていた約八〇万トンの船舶も米軍にチャーターされた。「特需」は月平均一〇〇億円に及んだ。

「特需」が日本の戦後復興を促進し、高度成長の原動力になったのは歴史的事実です。日本は目下のところ、兵器輸出こそしていませんが、戦争がもたらす需要の高まり、好景気はおおいに享受していました。あえて意地の悪い言い方をするならば、わたしたちは戦争で肥え太ったのです。
戦争は好景気を呼び寄せます。戦争をして喜ぶ者はたくさんあるのです。モノがばんばん売れる。そんな世の中の到来を希望しない国民などそうそうありません。

本書は「戦争と兵器の歴史」と副題がつけられています。古い本ですから、カバーしているのは二度の世界大戦を主として朝鮮戦争まで。ウクライナ戦争はむろんのこと、ベトナム戦争も取り上げられてはいません。また、背景に東西冷戦があるのも事実です。
しかし、本質はまるで変わっちゃいない。読者はみなそう感じるでしょう。「死の商人」の怪異なすがたは、われわれ自身のすがたじゃないか。そう感じる人も多いのではないでしょうか。

本書は、唾し、歯がみして怒りたくなる希有の本であります。歴史の本ではありますが、ここに記されていることは昔のことではありません。
「今、ここ」を考える大事な機会を与えてくれる希代の名著の復刻です。

  • 電子あり
『死の商人 戦争と兵器の歴史』書影
著:岡倉 古志郎 解説:小泉 悠

戦争の陰で暗躍し、鉄砲や大砲、ミサイルや核兵器まで売り捌き、巨万の富を得た武器商人たちの実態を暴くノンフィクション!

武器商人は、戦争の危機を煽り、国防の必要を訴えるとともに、「愛国者」として政治家に取り入り、大量の武器を売り込んできた。資本主義が発展する中で、科学技術とともに軍需産業が拡大すると、彼らは資本家となり、巨万の富を築き上げるだけでなく、国際的な独占資本となった――。国内外の実話をもとに、黒幕たちの系譜と実態を暴き、戦争が起きる仕組みを明らかにする。(解説・小泉悠)

〇本書に登場する人物
・アメリカの大統領リンカーンを激怒させたJ・P・モルガン
・明治の戦争成金となった、大倉財閥の始祖である大倉喜八郎
・ダイナマイトを発明した利益で、平和賞を創設したノーベル
・史上最も有名な、謎多き伝説の武器商人である騎士ザハロフ
・大砲の王者として数世代かけて巨大企業をつくったクルップ
・火薬から原水爆まで、アメリカ有数の財閥となったデュポン

【目次】
1 「死の商人」とは何か
2 サー・バシル・ザハロフ――「ヨーロッパの謎の男」
3 クルップ――「大砲の王者」
4 IGファルベン――「死なない章魚」
5 デュポン――火薬から原水爆へ
6 日本の「死の商人」
7 恐竜は死滅させられるか

あとがき〔一九六二年改訂版への〕
あとがき
解説 暴力を理解し、しかし飲み込まれないために 小泉悠

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/

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