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(著:土屋 健 監修:木村 由莉)
生物の進化や多種多様な古生物について書かれた本は数多い。だが、ある一種類の動物にフォーカスした内容、それも脊椎動物という大きなくくりからその種が誕生するまでの系譜に焦点を当てた本というのは、なかなか珍しい。
本書の主役は、ヒト。またの名をホモ・サピエンス。つまり人類が太古の昔から問うてきた謎――「我々はどこから来たのか? 我々は何者なのか?」という疑問に答える一冊である。その誕生に至るまでの過程にはどんな分岐があり、どんな特徴や性質を備えていったのか? その道のりはまさしく劇的であり、いまも地球上に共生する他の現生動物たちとの距離感も改めて認識させてくれる。
著者は「生命の大進化40億年史」シリーズなどを手がけるサイエンスライター、土屋健。平易な語り口と、読者の興味をそそる仕掛けでグイグイ読ませる力は、本書でも健在だ。
まず、人類が誕生するまでの過程で獲得していった特徴を「70の道標(みちしるべ)」として掲げ、枝分かれしていくポイントにそれを散りばめていく見せ方がうまい。たとえば初期には顎のない魚(ミロクンミンギアなど)として海中に登場した脊椎動物は、陸地に上がってくるとともに「歯」「脚」「指」「羊膜」などを獲得。さらに「異歯性」「乳腺」「胎盤」などの要素を備え、哺乳類への道を歩んでいく。
「これが人類の祖先!?」と驚いてしまうような古生物のイラストもたっぷり載っているのが楽しい。また、分岐のポイントを示す図解もわかりやすく親切である。
この間、とてつもなく長い年月が流れていることは「進化」のスケール感を理解するうえで意識しておくべきだろう。また、胎盤や乳腺、肺といった化石に残りにくい軟組織に関しては、いまだ謎が多いことも留意しておきたい。そこが化石研究の難しさだが、それでも現在の古生物研究は一昔前に比べて格段に進歩しており、子どもの頃に教科書などで得た知識がとっくに時代遅れになっていたりする。つまり、こういう本を通して最新研究に触れる機会を得ておけば、若い世代とのコミュニケーションにも役立つ日が来るだろう。閑話休題。
やがて一部の動物は「立体視の能力」「鼻の孔の間隔」「腰骨の形状」といった面で独自性を獲得し、細分化していく。この過程には徐々に輪郭が形成されていくようなスリリングな面白さがあり、またそれらの“ヒトを構成する生物学的特徴”の数々には「なるほど、これもそうか」と気づかされるところも多々ある。読みながらヒトとしての己を見つめ直す機会にもなるのではないか。
恐竜が地球生物の主役だった時代にも、哺乳動物はネズミよりも小さいぐらいのサイズでひそかに生き続け、命脈を保った。その後、恐竜は絶滅し、新生代に入ると獣類は一斉に多様化し、繁栄の時代を迎える。同じ著者による『カラー図説 生命の大進化40億年史 新生代編』にも詳しいが、古生物ファンにはなんとも胸躍る時代だ。
新生代初期の暁新世初頭、霊長類の登場あたりから、それまでとは異なるスピード感で猿→類人猿→ヒトの特徴を備えていく過程は、実にドラマティックである。そのなかでも“尾のない”初期類人猿、プロコンスルの登場場面はかなりのインパクトだ。
全体的な姿としては、「尾がない」という点をのぞけば、オナガザル類とさほど変わらなかった。肩高は40センチメートルほど。頭胴長もオナガザル類と同じくらいだ。サイズという面でみても、オナガザル類とさほど変わらない。
もっとも、「尾がない」ということだけでも、革新的なことである。なにしろ、四足動物として上陸してから3億年以上も、“ヒトに至る系譜”は、尾を備えていたのだ。その意味で、“尾との決別”は、その後の物語の展開を決定づけたのかもしれない。
“尾との決別”はヒトに至る「第52の特徴」として挙げられる。これ以降は、さながら人類誕生へのカウントダウンを迎えるような盛り上がりもあり、枝分かれして滅びていった種には惜別の情さえ覚えてしまう。そして、我らがホモ・サピエンスの登場を告げるクライマックスは、やはり感動的せざるを得ない。
地球の長大な歴史のなかでは、人類の発展などほんのわずかな「瞬き」ほどの時間に過ぎない。そして近い将来、地球上の生物としてはかつてない滅び方をするかもしれないとも、近年の行動を見ると思わされてしまう(なるべくなら、あまり他の動物や地球環境を巻き添えにしないかたちが望ましいが……)。どんな未来が待とうとも、今一度その始まりを振り返ってみることは、決して無駄なことではない。むしろ有意義で、深い感慨をもたらすものである。せっかく歩んできた進化の道を台無しにすることの勿体なさを、本書を読めばきっと痛感できるはずだ。
巻末に用意された全4ページにわたる図解「脊椎動物のホモ・サピエンスに至る道」は、なんとも壮観。意外性に富んだ初期系譜の見開きは、本書を手にとってぜひ見てほしい。
- 電子あり
約5億年前に脊椎動物が誕生し、それ以来生命は様々に分化し多様化して現在に至り、我々ホモ・サピエンスは何十万種もいる種のたった一つである。様々に枝分かれを繰り返すなかで、たった一本の道筋がホモ・サピエンスへとつながっているのだ。
本書では、サカナの仲間から始まった脊椎動物の先祖が、どのように体を変え、新しい特徴と能力を手に入れ、サピエンスへ近づいてきたのかをつぶさに見ていく。これまでの生命史にはなかった画期的な視点で、およそ70の特徴に焦点を当てた、姿形のまったく違う祖先から人類への大進化史!
主な内容
●序章 最初からもっていた「眼」
●黎明の章 すべてが陸続きの時代/二つの肺の獲得で陸を目指す/耐乾燥卵で内陸に進出/爬虫類と分かれる/単弓類の進化/史上最大の大量絶滅
●雌伏の章 毛をもつ/哺乳類の登場/聴覚の発達/子を産み、育てる/有胎盤類式繁殖法はいつから?/再び絶滅の危機
●躍進の章 哺乳類時代の始まり/脳より先に体を大きくする/長い妊娠期間と大きな胎児/アフリカの仲間と分かれる/ローラシアの仲間と分かれる/森林での進化
●人類の章 真の「猿の惑星」/森から平野へ/尾の消失と二足歩行/氷河時代の始まり/サピエンス以前のホモ属/サピエンスと生きたホモ属
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。
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