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今日が人生最後の日だとしたら何をしますか? スタンフォード大学の小さな奇跡の物語
(著:スティーヴン・マーフィ重松 訳:坂井 純子/麻畠 里子)
マインドフルネスは、東洋思想から発展したメンタルケアの一種。瞑想などを行い、過去や未来の不安を振り払って「今この時」に意識を集中することで、心を落ち着ける。それによってストレスの軽減、集中力アップなどの効果がもたらされるとして、世界的に注目されている……といったことは近年多くの人が知識として身につけているだろう。
日本で生まれ、アメリカで育った心理学者のスティーヴン・マーフィ重松は、このマインドフルネスの研究と実践に長年取り組んできた。現在、彼はスタンフォード大学医学部の精神医学・行動科学学科で、マインドフルネスに創造的な表現、変容をもたらす学びを統合させた「ハートフルネス」を導入した授業もおこなっている。その授業内容を全10章にわたり記したのが本書である。
アメリカのエリート大学生を相手にした授業というと、激しいディスカッションやディベート合戦などを想像してしまうが、著者の授業はそうではない。まずは「よく話を聞くこと」が学生たちに要求される。ゆえに本書の大部分を占めるのは、先生(著者)の語りである。
アメリカ人学生はふだん、聴くよりも、話すことで褒賞を与えられています。そのため、議論したり、批判したり、弱点を見つけるのに十分な程度しか聞こうとしません。他の人より先に飛び込めるよう、話し手が一呼吸つく瞬間に耳を傾けます。私は「間」という言葉を、言葉や音符などの間にある空間だと考えます。「間」は音のない空間で、まばゆい光が入り込んだり出てきたりする、豊かな空っぽの状態なのです。
この教室では話す必要はないと伝えると、何人かは明らかにホッとした様子を見せます。それが教員から言われた一番驚くことのひとつだと、後から言ってくる学生もいます。ですが、これらは彼らにとっての新しい経験なので、不安になる学生もいます。
「傾聴する」という姿勢が求められたあとに展開するのは、人々が避けて通りがちな「死」というテーマに向き合う授業。著者は自身が祖母を失くした体験や、愛犬たちとの別れ、自死を選んだ若者たちの思い出、そして様々な本・映画・音楽などを例にとり、死との向き合い方について語っていく。それは決して不幸や理不尽、悲嘆や喪失感といったネガティブな感情だけではない。「死を意識すること」によって生の実感や輝きを得た人々の逸話も、文字どおり生き生きと語られていく。
そのなかには、スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で語った有名なスピーチも含まれる。膵臓がんで余命数ヵ月と宣告された彼は、すでにその期間を乗り越えていた(亡くなったのは2011年)。
「自分がもうすぐ死ぬということを思い出すことは、人生で大きな選択をするのに役立つもっとも重要なツールです。ほとんどすべてのもの……外部からの期待、プライド、当惑や失敗の恐れ……は死に直面すると消え去り、本当に重要なものだけが残ります」
受講する学生たちは、先生の話を聞いたあと、それぞれに感じたことや思ったこと、自らの体験などを語る。それらもやはり議論や意見のぶつけ合いではなく、じっくり相手の話に耳を傾けることの大切さを教える授業にもなっている。「告白」する側にとっては、ある種のセラピーにもなるのだろう。
学生たちは、互いの弱さの共有がもたらした親密さに満たされます。見知らぬ誰かに自分の柔らかな部分を見せることが、彼らを素早く結びつけるのです。もう見知らぬ誰かではないのです。
そういう「優しい空間」を共有することが、大学の授業の一環として行われているのが興味深い。確かに、若い世代がこれからの世の中を生き抜くために必要な知識を得るのが学校の存在意義であるなら、こうした場もあって然るべきだろう。特に、鬱々とした気分が全世界的に広がったコロナ禍以降、よりマインドフルネスが必要とされるようになった時代性が、本書からはヒリヒリした感覚とともに伝わってくる。
学生や若者でなくとも、本書から貴重な「教え」や「救い」を受け取る読者は多いはずだ。死との向き合い方だけではなく、いかに生きるか、いかに心穏やかに日々を過ごすか、いかにネガティブな感情や物事と付き合うかといったヒントも多く与えてくれる。
転ぶことは失敗ではありません――失敗はしゃがみ続けることです。自然災害であれ人災であれ、倒れることは人生のサイクルの一部です。転ぶのを恐れていると、自分の夢を抑え、高く飛ぶ代わりに、地表近くで安全に暮らすことを選ぶようになります。しかし、また転ぶかもしれないと知りながら、立ち上がるのを選ぶことだってできます。自分の人間としての可能性に応え、自分や、世界を変えるには、これが唯一の方法なのです。
人生は避けられない苦しみや喪失に溢れており、私たちに課題を投げかけます。公平でも、常に善良な訳でもないのが人生です。日常を送るなかでコントロールできない何かを経験して、絶望することもあるでしょう。でも、コントロールできないものに怒りをぶつけても、役に立ちません。自分の弱さを意識し、神秘性に身を委ねて現れた課題をハートフルに受け入れるようにすると、平和な穏やかさが訪れます。それによって、他の人たちと一緒になって、持っているものに感謝しながら、先に進むことができるようになります。
安易に希望を謳ったり、闇雲に前向きな精神を鍛え上げようとするような自己啓発書の類(たぐ)いとは違って、著者は人生の苦しみや悲しみ、そして人間の弱さ、不完全さからも目を背けない。大学生に向けた授業なのだから当然だが、その内容は真摯で嘘がない。
完全さや完璧さが手に入るなどという誤った幻想のために、私たちは孤独や痛みのある人生から誰かが、何かが救ってくれると、ありもしないことを望んで暮らし続けています。苦しいのは、孤独感を取り去って自分を完成させてくれる男性や女性、出来事や出会い、素晴らしい経験、グル、宗教、機械装置などを必死に探しているためです。これは幻想であり、完全でも完璧でもない人間という状態から脱することはできないと認識することで、人は成熟します。
漠然とした不安や恐怖を抱えながら生きるよりは、問題の源泉と対峙し、理解を図ることによって心の安定を得るという考え方は非常に納得できるものだ。本書は400ページ近い大著だが、その分厚さに怯まず、話が面白くて聞きやすい先生の授業を取るようなつもりで気軽に手に取ってほしい。1日1章ずつ、その時間だけ教室に通うように読み進めてもいいだろう。
- 電子あり
いのちと死に向き合うことで人は変わっていく。
スタンフォード大学での感動授業。
あなたは死について考えたことはありますか?
今日が人生最後の日だとしたら、何をしますか?
身近に「人生に価値なんかない」と絶望している人がいたら、どんな声をかけますか?
自分の死後にどんなレガシーを遺したいと思いますか?
全米を代表するエリート大学の学生たちが、死を身近に感じるレッスンを受けることで、自らの体験・思いを語り、そして変容し成長していく濃密な10週間。
著者はスタンフォード大学でマインドフルネスやEQでグローバルスキルや多様性を高める専門家として知られる。本書は実際の物語と実践を通し、若い人、ビジネスパーソン、さらにはすべての年代の人々へ向けて「よりよい生き方」への格好のガイド。
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。
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