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マヤ、アステカ、ナスカ、インカ……常識の嘘を明らかにし、文明が生まれる条件を考える。

古代アメリカ文明 マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像
(編著:青山和夫 著:井上幸孝/坂井正人/大平秀一)
2024.01.23
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宇宙人にさようなら

少年時代に見た日本テレビの「木曜スペシャル」や、学研の本「ジュニアチャンピオンコース」で世界の七不思議に夢中になってからというもの、宇宙飛行士を描いた石板やクリスタルスカル、マヤの神殿といった古代アメリカ文明の「謎」が、ずっと大好き。マヤの暦が世界の終わりを予言し、ナスカの地上絵は宇宙人と交信するためなんて真正面から信じていないが、「それはそれで夢があって……」と思っていた。しかし、本書はのっけから全否定する!

「宇宙人や外部の文明が、先住民に文明をもたらした」という誤解の根底にあるのは、「先住民は独自に文明を創造できない」という権力格差や人種偏見に根差した先入観である。いわゆる「超古代文明」や「都市伝説」は、先住民の豊かな歴史・文化伝統に対する侮辱であることが認識されなければならない。

うぐ……。そうか、そうですよね。反省します。
クリスタルスカルは19世紀のドイツの工芸品だそうです。

世界史の最初の方で出てくる「世界四大文明」。実はこれ、学説ではなく教科書用語であって欧米にはない。それから文明が生まれるには、黄河やチグリス・ユーフラテス河など「大河とセット」であると教えられたが、これもまた正しくない。私たちはそうした教科書の知識を取っ払い、メソアメリカ文明(マヤ文明・アステカ王国)とアンデス文明(インカ国家)という古代アメリカ文明を捉え直す必要がある。

メソアメリカとアンデスは、旧大陸*社会と交流することなく、アメリカ大陸でそれぞれ独自に興隆した一次文明であった。一次文明とは、メソポタミア文明や中国文明と同様に、もともといかなる文明もないところから独自に生まれたオリジナルな文明を指す。じつは一次文明は世界に四つしか誕生しなかった。
*旧大陸とはユーラシア大陸とアフリカ大陸のこと。

メソアメリカとアンデスの文明は、必ずしも大河の近くに栄えなかった。そもそも、この二つは古代アメリカ文明と総称されているがまったく異なる文明で、しかも「古代」というのは日本での縄文時代から室町時代に相当する。つまり、まったく異なる二つの文明、外部からの影響を受けていない無垢の文明が、非常に長い時代にわたり栄え続けたのだ。たしかにアンデス文明は文字を持たなかったし、アンデス文明とメソアメリカ文明ではずっと石器が用いられていた。だからといって文字や鉄器を使わない文明が、他より劣っていると考えるのは、別の文明の物差しで他の文明を評価する“驕った”考え方だ。

なにより、二つの文明が現在の私たちの生活に与えた影響はとてつもなく大きい。

アメリカ大陸の先住民は、前八〇〇〇年頃から一〇〇種類以上の野生植物を栽培化・改良した。これは数千年にわたる先住民の努力の賜物であり、世界各地の社会の発展に大きく貢献した。アメリカ大陸原産の栽培植物は、世界の栽培種のじつに六割を占める。

トウモロコシ、ジャガイモ、トマト、トウガラシ、カボチャ、サツマイモ……、すべてそう!

そうした文明が、ありのままに伝わらなかったのは、スペインによる征服(という名の虐殺、破壊、搾取)と彼らが持ち込んだ伝染病により、先住民人口が激減したことが大きい。また征服者側の都合のいい形で二つの文明は伝えられ、さらには人類滅亡の日や宇宙人など面白おかしくエンタメ化されて現在も消費し続けられている。本書は、そんな歪められた文明像から解き放たれた、古代アメリカ文明の本当の姿を浮かび上がらせる。

なぜナスカの地上絵は描かれた?

本書の副題は「マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像」。それぞれ一冊ずつ分けて書かれてもいいほどの欲張りな内容となっているが、ここではアンデス文明で最も有名な、ナスカの地上絵についての最新研究について紹介する。

ひとくちにナスカの地上絵といっても、直線の地上絵、幾何学的な地上絵、具象的な地上絵の3タイプがある。みなさんご存知のハチドリや人間、魚といった地上絵は具象的な地上絵の一部に過ぎない。これらを考古学的に研究するため、ナスカ台地のどこにどういう地上絵があるのかを明らかにする分布図が制作された。広大なナスカ台地で、その分布図を作るのは大変だったようだ。人工衛星画像に現地調査、ドローン撮影にAIによる画像判定まで投入され、その結果350点以上の具象的な地上絵が見つかるという大発見もあった。そこで見えてきたのは……。


キーとなるのが聖地カワチ神殿というピラミッドと、東と北の集落。この東と北の集落を最短距離で行き来するために、道標として地上絵が機能していたと考えられる。また人間の住む集落の中間に野生動物の鳥、またその双方の中間に半獣半人のフクロウ人間と家畜のラクダ科動物が描かれている。この地上絵で、人間と野生動物をめぐる分類や世界観を共有していたのではないかと考えられている。これを知って、私はとんでもないスケールの図鑑をイメージした。

さらに二つの集落が聖地カワチ神殿の建築活動に関わることで連帯を促し、その行き帰りで繰り返し地上絵を見ることで社会的な記憶を形成したという。まるで新幹線から見える富士山を見て「あぁ、日本」と感じるように……。そのほかにも線の地上絵が移動のための道であり、広大なナスカ台地の点と線のネットワークになっていたこと。そこに散りばめられた動物の地上絵が、豊穣や再生を意味するものであったことなど、生活と社会の維持に密接に結びついた“必要なもの”として地上絵が描かれたことが分かってくる。

研究により古代アメリカ文明の姿が徐々に明らかになっている。しかし、まだまだ謎を解き明かしたと言うには程遠い。ゼロから無垢の文明を生み出した人たちは、どんな人だったのだろう。どんな考えを持ち、社会を築いたのだろう? 古代アメリカ文明を知り、ありのままに受け止めることは、私たちが学校で学んだ歴史の常識や、思考の枠にとらわれない未知の世界に触れることではないだろうか? その世界は、宇宙人の存在よりも遥かに「夢」に溢れている。

  • 電子あり
『古代アメリカ文明 マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像』書影
編著:青山和夫 著:井上幸孝/坂井正人/大平秀一

マヤのピラミッド、ナスカの地上絵、マチュピチュの祭祀、アステカの湖上都市テノチティトラン……。
ヨーロッパ人「発見」以前の新大陸の歴史を私たちは軽んじていないか?
人類史の常識に再考を迫る最新知見がおもしろい!

多くの人が生贄になった!?  大河の流域でないと文明は生まれない!? 無文字社会にリテラシーは関係ない!? 王は絶対的な支配者だった!? ――「常識」の嘘を明らかにし、文明が生まれる条件を考える

・欧米には存在しない「世界四大文明」史観
・最も洗練された石器の都市・文字文明=マヤ
・マヤ最古の公共祭祀建築アグアダ・フェニックスの発見
・アステカ王国「生贄」の虚像
・アステカの湖上都市テノチティトラン
・人工知能を用いた「ナスカの地上絵」の分布調査
・なぜ巨大な地上絵がナスカの縦断ルートに作られたか
・「ワロチリ文書」が語るアンデス先住民の精神世界
・マチュピチュの石・岩は何を語るか
・統一国家のないネットワーク型文明

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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