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2024.01.18

レビュー

ストーンヘンジ、ピラミッド……重機をもたない人々になぜ巨大な建造物を築き上げることができたのか?

いまの人類が「進化の最前線」にいるとは限らない。現在あるようなテクノロジーや建設用機械が存在しなかった遥か昔の遺跡には、どうやって作り上げたのか想像を絶するようなモニュメントがいくつも現存する。はたして彼らはなんの目的でそれらを建造し、どのような技術と叡智を駆使して、並外れたビジョンを具現化したのか? その謎に迫ったのが本書である。

 著者は半導体研究を専門とする工学博士の志村史夫。自分は歴史学者でも考古学者でもない、いわば「古代」とは対極にいた人間であると自称しながら、国内外に現存する古代の建造物に魅せられ、独自の視点でその謎と奥深さの秘密に迫ってきた。本書は日本国内の建造物にフォーカスした『古代日本の超技術〈新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧』の姉妹編であり、世界各地でいまもその威容を誇る古代文明の「置き土産」たちの凄さが語られる。

本書では「古代世界の超技術」を述べるのであるが、古代日本と古代世界の技術の基盤には顕著な差がある。その差はもちろん、それぞれの風土と不可分のものであるが、古代日本の技術の基盤が「木の文化・文明」であるのに対して、古代世界のそれは「石の文化・文明」であることだ。

 そんな前置きとともに本書で紹介されるのは、「ピラミッド」「ストーンヘンジ」「古代ギリシャ・ローマ」「メソアメリカ・アンデス文明」「古代アジア」の5項目。著者は各章において、それぞれが持つ驚くべき特色を挙げたうえで、一体どのように作られたのかを物理的観点から詳細に分析していく。

 いずれも「人智を超えた」と形容したくなるような代物だが、安易にオカルティックな解釈などには流されず、時には従来の学説にも疑問を呈しながら、当時の技術で実現可能だったであろう工法を探っていく姿勢が面白い。写真やイラストのほか、具体的数値が記されたグラフや成分表なども交えて考察していくので、説得力十分だ。

 エジプト古王国時代のピラミッド、イギリス先史時代のストーンヘンジ、さらにアメリカ最古の文明といわれる中米オルメカ文明の巨石人頭像など、確かに石はそれぞれの文化を象徴するモニュメントの文字どおり基礎となっている。これらに共通するのが、たとえば「クレーンやトラックのない時代に、どうやって巨大な石を運び、持ち上げ、組み上げたのか?」という疑問だ。そこにも本書ではリアリズムに基づく分析が行われ、その多くが壮大かつ莫大な労力の産物であることが解明されていく。

 また、ピラミッドの美しい形状が「半導体結晶の理想形」に酷似していること、さらに円周率や黄金比やフィボナッチ数列といった数式に共通する数値が時空を超えて紛れ込んでいることなど、工学博士の著者ならではの視点で熱量高く語られる発見も面白い。そんなピラミッドをも凌ぐ著者の熱狂をひしひしと感じさせるのが、ストーンヘンジの章である。

私はストーンヘンジのことを知れば知るほど、ストーンヘンジがわれわれ現代人に示す計り知れない知性と技術が凝縮された全容にひたすら驚き、そのような巨大構造建設を実現した古代ブリトン人に畏敬の念を抱かざるを得ないのである。ちょっと大げさにいえば、ストーンヘンジは「古代文明」のあらゆる要素において破格の、まさに驚嘆すべき巨大構造遺跡なのである。

 ストーンヘンジには、古代ブリトン人の太陽信仰に基づく「宇宙カレンダー」としての役割もあった。それは複雑精緻な幾何学・天文学、建造技術を結集させた古代遺跡であり、単に巨石を気まぐれに並べた円形の広場ではないのだ。読めば読むほど、5000年前にもすでにそんな高度な知識と技術が……と驚かされるが、やがて古代ブリトン人は地上から姿を消し、キリスト教の時代になると土着信仰はペイガニズムとして異端扱いされることなる。このほかにも、多くの優れた文化・文明が消え去っていった事実を、読者は思い知らされることになる。

 なかには現代に繋がる技術や発明もある。紀元前後に繁栄した古代ローマ文明の画期的発明、ローマン・コンクリートのくだりは特に驚きだ。それまで石や煉瓦では作れなかった大規模な構造物を、短期間で建造することを可能にしたローマン・コンクリートの代表作として挙げられるのが、そのドーム型建築が特徴的なパンテオン(西暦118~125年にかけて建設)である。これが「無筋コンクリートで作られた世界最大のドーム」であることを知らない人も多いのではないだろうか。

さらに、現在では一般的な鉄筋コンクリート建築のほうが、古代ローマのそれに比べるとはるかに脆弱であることも示される。工法のみならず、セメント自体の組成成分も違っており、そこには速乾性・作業効率・工期短縮などを優先する現代の建築概念もかなり関係しているという。

現代社会は何事においても「効率」と「経済性」が優先されるが、多くの場合、先にも指摘したように「たっぷりと時間をかけて、周到に」行ったほうがよいに決まっている。
いずれにせよ、耐久性において、ローマン・コンクリートが現代のコンクリートよりも圧倒的に優れていることは、2000年余のローマ史が明確に示している事実である。

 単純に「古代のほうが優れていた」と断言するつもりはないが、それでも本書を通して古代文明の奥深さを知るうちに、決して健やかに成長したとは言えない人類の歴史についても考えさせられてしまう。やがて人類は火を用いた鉄の精錬技術を習得し、木器や石器の時代から鉄器の時代へと突入していく。はたしてそれは人類にとって望ましい「進歩」をもたらしたのだろうか?

 鉄器の誕生は、農業や工業を格段に進化させたが、大量の武器も生み出し、戦争の規模もエスカレートさせた。16世紀以前、アメリカ大陸では最も洗練された都市文明を誇ったといわれるマヤ人が「進歩を必要としなかった部分」について、司馬遼太郎の文章を引用しつつ語った箇所が印象深い。

マヤ人は鉄器をもたない人々であった。鉄器をもつ必要もなく、石器だけで、手作業の技術と人力エネルギーのみで不自由なく生活した人々であった。マヤ文明の世界に、大きな統一国家が生まれなかったのは、彼らが鉄器をもたなかったためであるのは間違いないだろう。鉄器をもたなかった彼らは「自分の小人数の家族が食べてゆけることを考えるのが精一杯で、他人の地面まで奪ったり、荒蕪の地を拓こうなどという気」など起こさなかったのである。

本書には古代遺跡への熱狂とともに、古代の人々へのリスペクトが溢れている。近代文明を手中にした現代人の傲慢さとはできるかぎり無縁でいたい、というような強い信念さえ感じさせる。近年、ローマン・コンクリートが優れた建材として再び脚光を浴びているように、古代の智慧から学ぶところは非常に大きい。そんな現代人へのメッセージを、新鮮な驚きとエキゾチックな興趣とともに伝えてくれる一冊である。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き

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