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だから写真加工はやめられない! こんなにも「顔」が気になる理由を解き明かす

顔に取り憑かれた脳
(著:中野 珠実)
2024.01.16
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「顔」ほど気になるものはない

人間にとって、「顔」ほど気になるものはないようだ。美しい顔にはつい目を奪われる。逆三角形に並んだ点は人の顔に見えてくる。「目は口ほどにものを言う」といった諺(ことわざ)や言い回しも多く存在する。SNSでは美しい風景の写真より、日常の自撮り写真に数多くの“いいね”がつくことも珍しくない。他人の表情と発する言葉のギャップに不安を覚えた経験を持つ人もいるだろう。「顔」は、良くも悪くも私たちの関心を集めてやまない。
さて、「逆三角形に並んだ点が顔に見える」ように、人の顔の配置は基本的に同じだ。にもかかわらず、私たちはわずかな違いも見逃さず、大勢の顔を見分けることができる。

例えば、大勢の人で混み合う駅の改札で、私たちはいとも簡単に待ち合わせの相手を見つけることができます。ですが、もし、改札口から出てくるのが人間以外の動物だとしたら(例えばサルなら)、どの顔も同じように見え、大勢の中から特定の1匹を見つけ出すのはとても難しいでしょう。

当たり前のように思えて、これはとても興味深い現象であることを、本書『顔に取り憑かれた脳』が、心理学や脳科学の観点から教えてくれる。サルを見分けるのは難しくても、人の顔ならごくわずかな違いも見分ける能力が人間の脳に備わっていることは、私たちの“顔”と“脳”の不思議の一例だ。
私たち人間の脳は、自分や他人の顔をどのように認識し、評価しているのか。また感情や自己意識はそれにどう影響されるのか? 鏡で、写真で、SNSで、当たり前に見慣れた「自分の顔」の新たな意味に驚く一冊だ。

自分の顔は特別

集合写真の中の友人の顔を探すのは時間がかかるが、自分の顔はすぐわかるという人も多いはずだ。自分の顔は横向きでもさかさまでも、親しい家族や友人の顔よりも早く見つけることができるので、単に「見慣れているから」というわけでもない。人の脳には自分の顔を無意識に優先してしまう仕組みがあるらしい。

顔と自己認識には切っても切れない関係があることを教えてくれるのが本書の1~2章だ。
人間は進化の過程で“横長の目”、つまり白目が見えることで「注視しているもの」が他者にもわかる目と、感情に沿って動かすことのできる眉を手に入れた。顔はコミュニケーションツールとして自分の心の状態を発信するものとなり、そのシグナルを読み取れるように脳もまた発達していく。
ここでは、人間の脳がどのような仕組みで他者の顔から情報を読み取り、感情の理解につなげているのかを知ることができる。

また、赤ちゃんが人の顔を認識する能力は生後どのタイミングで身につくのか、どのように自分を認識できるようになるのかという発達過程を通じて、私たちが認識している「自己」とはどのような認知機能のもとに成り立っているのかも明らかになる。

それを踏まえて、本書のメインとなる「なぜ人は自分の顔を美しく、そして魅力的に見せようとするのか?」をテーマとしているのが第3章「自分の顔に夢中になる脳」だ。
多くの人は「自分の顔を魅力的に見せたい」願望を持つ。SNSに自分の写真をアップする際、画像を加工して「理想の自分」へと近づけるのもその表れだろう。しかし、加工によるその顔が、他人の目にも魅力的に映るとは限らない。

本書では「自分の顔と、他人の顔は、それぞれどのくらい加工を加えたときが一番魅力的に見えるのか」を比較する実験を行った。
30人の女子大生の顔写真に、レタッチアプリで「目を大きく、下あごを細くする加工」を8段階に分けて行う。1~8段階の加工を加えた自分の顔の写真セットと、他人の顔の写真セットをランダムに見て、それぞれの顔がどのくらい魅力的に見えるか評価してもらう。

その結果、少しだけ目を大きくした時(加工レベル3~4)は、自分も他人も元の顔よりも魅力的と評価されたが、それ以上に加工を進めると評価は徐々に下がり、レベル7~8の魅力度は元の顔を下回ってしまった。

また「一番魅力的と思う加工レベル」は、他人の顔については3.5くらい、自分の顔については加工度4.3くらいという結果だった。「加工しすぎの顔は魅力がない」と評価しながら、自分の顔には強めにレタッチを加えたい心理が働くことがわかる。

この心理には脳のある部位を通る神経経路(ドーパミン報酬系)の活動が関与していることや、脳は特定の部分を通じて自分の顔(とその情報)を価値あるものだと判断しており、その「価値」のニュアンスは「食」や「生殖」といった生理的な快楽ではなく、お金や名誉に近いというのは意外だ。しかし他者との社会的な関わりにおいても、自分をより魅力的に見せることは「うまく生きていく」ことにつながる。そう考えると、SNSで見かける「やり過ぎた加工」にも、いわゆる「映え」だけではない意味が潜んでいるのではないだろうか。

ただ自分の顔を見るだけで、私たちの脳の中では、さまざまな情報処理が発生します。自分の価値をもっと高めようとする報酬系や、社会的な情動、アイデンティティと関わる神経ネットワークなど、どの機能も、私たちの神経活動の中核をなしています。それだけ、自分の顔が提供する情報というものは、人間の自己意識にとって中核的なものなのでしょう。

こんなにも「顔」が気になる理由

顔は「お金」「名誉」のような価値を私たちに感じさせるだけでなく、言語以外の部分で他者との情報共有を行うハブのような存在でもある、非常に「依存性の高い存在」だと知った。そんな「顔」を知ることは、顔が他者と自分をつなぐ上での重要性と、それを支える脳の多様で複雑な機能の存在を知ることでもあった。
「私たちはなぜこんなにも“顔”が気になってしまうのか」……本書は、“脳”と“心理学”からその理由をひも解いてくれる興味深い一冊だ。

  • 電子あり
『顔に取り憑かれた脳』書影
著:中野 珠実

デジタル時代の今、ネット上は過度に加工された顔であふれている。これはテクノロジーの急速な発展がもたらした、新たな現代病なのかもしれない――なぜ、人間は“理想の顔”に取り憑かれるのだろうか。そのカギとなる「脳の働き」に最新科学で迫る。そこから浮かび上がってきたのは、他者と自分をつなぐ上での顔の重要性と、それを支える脳の多様で複雑な機能の存在だった。

鏡に映る「自分の顔」が持つ、新たな意味にあなたは驚くかもしれない。

【本書のおもな内容】
・脳の底に横たわる、巨大な「顔認識ネットワーク」
・加工写真に反応する脳の部位とは
・人が覚えている顔の数は…推定5000人!
・卒業アルバムを懐かしがるのは高度な能力
・偶然できた模様や形が「顔」に見えるふしぎ
・「つらい時ほど、笑顔」は間違い?
・赤ちゃんはサルの顔も見分けられる?
・「真の笑顔」と「偽の笑顔」
・まるで実在する人物。人工知能がつくりだす「存在しない顔」
・顔が果たす「通路」の役割とは

【目次】
第1章 顔を見る脳の仕組み
第2章 自分の顔と出会うとき
第3章 自分の顔に夢中になる脳
第4章 自己と他者をつなぐ顔
第5章 未来社会における顔

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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