今日のおすすめ

PICK UP

2025.01.21

レビュー

New

その娘の罪は葛飾北斎を騙ったこと──日本美術史上最大の「if」を描く歴史奇譚!

「あと10年、いや5年の命を与えてくれれば、本物の絵描きになることができるのに」
90歳で亡くなった葛飾北斎の死に際の言葉は、絵師としてのあくなき執念が感じられて好きなのですが、その北斎がこの漫画では早々に亡くなります!! そして、娘の栄(えい)が北斎に成りすます……。

そんな奇想天外なお話は、ただ単に気をてらうのではなく、江戸時代に女がひとりで生きること、男社会で絵師として極めることがいかに大変であるかを感じさせる骨太な話になっています。

葛飾北斎は当代一の売れっ子絵師でありながら、絵を描く以外は無頓着なため、弟子も逃げ出す汚部屋に栄と2人で暮らしていました。

ところがある日、北斎は『北斎漫画』の2巻目を描き上げると、不慮の事故で亡くなってしまいます。しかも絵の大半は、事故のせいで使えない状態に。

その場に居合わせた駆け出しの絵師・渓斎英泉(けいさいえいせん)が嘆く中、栄は同じものを描くことを決意します。
『北斎漫画』といえば、北斎の代表作のひとつ。
江戸時代の漫画ってどんな漫画?と思うかもしれませんが、風景や動植物、人間を描いたイラスト集みたいなものです。
しかしただの写し絵ではなく、様々な人間の表情や生態がこと細かにびっしりと描かれ、初めて美術館で見たときは圧倒されました。
栄が見事に『北斎漫画』を再生させると、その才能に気づいた英泉は「葛飾北斎になれ」と言います。北斎の死を隠して、栄が『北斎漫画』の続きを描けと。
このシーンで改めて、実在した栄という女性のことを考えてしまいました。
栄は、葛飾応為(かつしかおうい)という画号で活躍した浮世絵師です。

映画やドラマの栄は、血は争えないと思わせるやや変わり者の女性として描かれることが多いのですが、この時代に女性が名をなすことがどれだけ大変なことかに改めて気付かされました。

こうした奥行きのある話がこの漫画の魅力でもあるのですが、もうひとつ「よっ! 待ってましたー!!」と思わず言いたくなったのが、こちら。
出たー! 曲亭馬琴(きょくていばきん)。
馬琴は『南総里見八犬伝』を書いた戯作者(げさくしゃ)として学校でも習ったと思いますが、北斎が挿絵を描いた作品も多いのです。

しかも、2人は度々喧嘩をし、晩年は絶交状態にあったというのは有名な話。
やはり史実と重なる部分が出てくると面白い!!

馬琴は半ば強制的に挿絵を依頼しますが、栄は戸惑います。なぜなら、『北斎漫画』は北斎の絵を写せばいいのに対し、挿絵は一から作らなければならないから。
そして試行錯誤の末、栄がたどり着いた挿絵は……、
この絵を見たとき、「美術館で見たあの絵だ!」と思いました。
『北斎漫画』といい、この絵といい、さすが美術大学で日本画を専攻した末太(まつだ)シノ先生ならではの画力!!

この挿絵からもわかるように、昔彫師だったことがある北斎は、その経験を絵にも活かしていました。
そしてこれが、後々、栄の大罪が暴かれる伏線になりそうなのです。
そう来たか!!
ここでも史実がうまくマッチして、にんまりしてしまいました。

北斎のことを知らなくても『女北斎大罪記』は楽しく読めますが、史実を知るとさらに面白くなります。そして何より、今までとは違う新しい栄の描き方は大注目です!!

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

おすすめの記事

2022.05.20

レビュー

江戸時代の遊郭で牡蠣のアヒージョ!? オタク侍と吉原No.1花魁のすんどめグルメ

2024.12.20

レビュー

写楽、北斎、国芳……そして蔦重もわかる! 絵師55人の生涯と代表作115点を解説

2024.11.18

レビュー

2025年大河ドラマ「べらぼう」の主人公、蔦谷重三郎。江戸芸術の演出者の奇才と人脈!

最新情報を受け取る