90歳で亡くなった葛飾北斎の死に際の言葉は、絵師としてのあくなき執念が感じられて好きなのですが、その北斎がこの漫画では早々に亡くなります!! そして、娘の栄(えい)が北斎に成りすます……。
そんな奇想天外なお話は、ただ単に気をてらうのではなく、江戸時代に女がひとりで生きること、男社会で絵師として極めることがいかに大変であるかを感じさせる骨太な話になっています。
葛飾北斎は当代一の売れっ子絵師でありながら、絵を描く以外は無頓着なため、弟子も逃げ出す汚部屋に栄と2人で暮らしていました。
ところがある日、北斎は『北斎漫画』の2巻目を描き上げると、不慮の事故で亡くなってしまいます。しかも絵の大半は、事故のせいで使えない状態に。
その場に居合わせた駆け出しの絵師・渓斎英泉(けいさいえいせん)が嘆く中、栄は同じものを描くことを決意します。
江戸時代の漫画ってどんな漫画?と思うかもしれませんが、風景や動植物、人間を描いたイラスト集みたいなものです。
しかしただの写し絵ではなく、様々な人間の表情や生態がこと細かにびっしりと描かれ、初めて美術館で見たときは圧倒されました。
栄は、葛飾応為(かつしかおうい)という画号で活躍した浮世絵師です。
映画やドラマの栄は、血は争えないと思わせるやや変わり者の女性として描かれることが多いのですが、この時代に女性が名をなすことがどれだけ大変なことかに改めて気付かされました。
こうした奥行きのある話がこの漫画の魅力でもあるのですが、もうひとつ「よっ! 待ってましたー!!」と思わず言いたくなったのが、こちら。
馬琴は『南総里見八犬伝』を書いた戯作者(げさくしゃ)として学校でも習ったと思いますが、北斎が挿絵を描いた作品も多いのです。
しかも、2人は度々喧嘩をし、晩年は絶交状態にあったというのは有名な話。
やはり史実と重なる部分が出てくると面白い!!
馬琴は半ば強制的に挿絵を依頼しますが、栄は戸惑います。なぜなら、『北斎漫画』は北斎の絵を写せばいいのに対し、挿絵は一から作らなければならないから。
そして試行錯誤の末、栄がたどり着いた挿絵は……、
『北斎漫画』といい、この絵といい、さすが美術大学で日本画を専攻した末太(まつだ)シノ先生ならではの画力!!
この挿絵からもわかるように、昔彫師だったことがある北斎は、その経験を絵にも活かしていました。
そしてこれが、後々、栄の大罪が暴かれる伏線になりそうなのです。
そう来たか!!
ここでも史実がうまくマッチして、にんまりしてしまいました。
北斎のことを知らなくても『女北斎大罪記』は楽しく読めますが、史実を知るとさらに面白くなります。そして何より、今までとは違う新しい栄の描き方は大注目です!!