混沌から産まれ出るもの
冷戦下、核兵器を思わせる死の道具に怯える「私」を歌ったキング・クリムゾンの曲「エピタフ」。有名な「混沌こそ我が墓碑銘」というフレーズは、ちっぽけなひとりの「私」にはカッコ良すぎだと思うけれども、「私」を「人類」にまで拡大解釈すれば納得できる。そして“混沌”は、物語の泉が湧く舞台装置でもある。本作の舞台は終戦から1年経った東京。物語の名前は『終戦後のスカーレット』だ。
特攻兵でありながら出撃することなく終戦を迎えた主人公の門出は、亡き戦友たちの墓がわりとなる巨大ビルを建てるために金を稼ぐ毎日を送っているが、日々の生活もままならない。
そんな中、幼馴染みの娼婦から「スカーレットという女性を見つければ大金が手に入る」という話を聞く。もうけ話に乗る門出だが、それをきっかけにアメリカ占領軍や怪しげな武器商人たちとの駆け引きに巻き込まれていく……。実は、スカーレットとは女性ではなく、終戦間際に米軍が東京に落とそうとした原子爆弾だったのだ。
広島(リトルボーイ)、長崎(ファットマン)に続く3つ目の原子爆弾の存在したのかどうか? 史実的にははっきりとしていない。ただ、1945年8月15日に日本が無条件降伏を受け入れなければ、3つ目の原子爆弾は使用に向けて動き出していただろうし、東京、京都、小倉などが候補地に上がっていたことは事実だ。その3つめの「if、もしも~」として、「終戦後の混沌とした東京のどこかに、原子爆弾が存在していたら」という話である。
もう一度強調しておくが、“混沌”は物語の泉が湧く舞台装置だ。本書に帯文を寄せている門馬司の『満州アヘンスクワッド』で描かれる大戦前の満州国もそうだが、誰もが手を突っ込まずにいた史実の中へと躊躇なく分け入り、そこでエンターテインメントを追求している作品には、本当にワクワクさせられる。
広げる風呂敷は大きいほどいい!
戦後日本、特攻隊の生き残り、原子爆弾など扱う題材に対し、本作の感触は実にカラッと陽気で景気がいい。例えば武器商人の辰見商会元締め・辰見雪子は、原子爆弾の売り先についてこう語る。
終戦後の日本で500億なので、現在の価値にすれば約10兆円だ。森ビル? いやいや三菱地所、三井不動産の総資産額を超える額! マンハッタンの摩天楼の写真を託し、「散っていった仲間の数だけ、焼け野原にビルを」と特攻していった戦友の言葉を思い出し、奮い立つ門出。そしてスカーレット捜索に関わるかわりに、条件をひとつ出す。
特攻隊の生き残りでありながら、その影を引きずらず、直情径行で突き進む門出のキャラクターは、親しみやすいヒーローの姿だ。不屈の闘争心と頑丈すぎる体躯(わずかな期間で3発もの銃弾を浴びているのに、ピンピンしてる)などは、まるで80年代アクション映画のブルース・ウィリスかスタローンみたいだし。この作品、戦後アクションサスペンスと銘打たれているが(それはそれで間違いないのだが)、なによりもピンチと大立ち回りが連続する活劇物語なのだ。
そんな門出の前に立ち塞がり、この第1巻の美味しいところをさらっていくのが、米軍のスカーレット捜索部隊員で、拷問が趣味のクソ野郎(文中ママ)、ウッズ中尉だ。
に、人間がボールになっています。
ラスボスにはなれない、中ボス感たっぷり。
大仰なあおり言葉が最高!
ここのアクション。繰り出される門出のドロップキックに、ウッズ中尉の飛びつき腕十字からのマウントポジションでのタコ殴りと、いやもうサービス満点。際立ちすぎるキャラクターのウッズ中尉には、何度も復活して門出たちの前に立ち塞がっていただきたい!
それから、本作の魅力をもうひとつ語るならば、女性キャラの美しさだ。武器商人で門出のパートナーとなる辰見雪子の眼帯をつけた男装姿や、おさげ姿の良妻風などコスプレ感も楽しい。また幼馴染みの美知子も、娼婦でありながらスレた感じがしない。どこか品を保ちつつも逞(たくま)しさを感じさせる。
門出のキャラクターにも言えることだが、それは「今日を生きるために必死」という野放図な生命感に溢れている。またそうした生命の光が強くなるほど、戦後の闇や原子爆弾をめぐって蠢(うごめ)く闇が濃くなっていく。そんな闇の象徴となるのか、辰見雪子や美知子とは異なる美しさをたたえた女性が、第1巻の最後の最後で現れる。そしてこうつぶやくのだ。
原子爆弾をさらい、まるで友人のようにスカーレットと呼ぶ和装の美女。これからスカーレットはどんな数奇な運命を辿るのか? そして門出たちは、スカーレットを手中に収めることができるのか? 混沌の時代の「if、もしも~」の物語から目が離せない。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。