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2023.04.30

レビュー

新種の病の蔓延により出現した怪物は人を喰う──新時代のパニックアクション!!

恋に敗れて得た、望まぬ力

『ぼくらの葬列』は、別冊少年マガジンで連載中のパニックアクション漫画だ。それを知れば、漫画読みなら、どうしても『進撃の巨人』を思い起こしてしまう。あの作品により、このジャンルの潮目がはっきりと変わった。その変化を踏まえた作品は今も生まれ続けていて、その流れのなかに『ぼくらの葬列』を位置付けることもできる。しかし、ちょっと待ってほしい。というのも、この作品が孕(はら)む“不穏さ”に新たな地平を切り開く可能性を感じるからだ。

物語の舞台は現代の東京。この世界では、戦後に「鬼門原蟲」という寄生虫によるパンデミックが起こり、その感染者は「ホトケ」と呼ばれている。肉体が変化し、脳が壊死し、人を捕食するホトケを駆除するため、国は国家公認組織「直葬隊」を設置し、現在に至っている。


 
直葬隊により平和が保たれ、その状況が長く続いているがゆえに、誰もがホトケになる可能性があるにもかかわらず、ホトケをどこか他人事だと考えている社会……、それがこの作品の世界線だ。

主人公は物語を書くのが好きな、冴えない14歳(厨二病の中2!)の西条海斗。そんな彼の近所で、ある日顔見知りのおばさんがホトケになる事件が発生するが、直葬隊により速やかに終息。海斗が事件現場でおばさんに花を手向けていたところ、彼が密(ひそ)かに恋心を抱く玉美リナに出会い、自宅へと誘われる。舞い上がる海斗だが、彼女の目的は、彼をホトケとなった母親の生け贄にすることだった。
 






すんでのところで直葬隊員の大槻リョウに助け出される海斗。事件後の検査で鬼門原蟲の感染なしと診断されるが、実際には感染しており、彼は不安や敵意を抱くことで人ならざる力を発揮するようになってしまう。その力はホトケを一撃で倒すほどで、そこに可能性を見出された海斗は直葬隊の隊員候補となる。

著者の朝霧ユウキは、2019年の第102回週刊少年マガジン新人漫画賞で、本作と同名の短編にて史上6人目となる特選を受賞。必ず読み返したくなる物語の構成力と、的確な心情描写は、特選に相応しい一作だ。それから3年。主人公を不意に大きな力を持ってしまった気弱な少年の成長を主線として物語を再構築。ホトケの解釈などに膨らみを持たせつつ、連載化されている。

日本の「忌み」から生まれるゾンビ

死者が蘇(よみがえ)るわけではないが、脳が壊死し、人を捕食し、人に感染するという点で、ホトケはゾンビのバリエーションであり、目新しいものではないかもしれない。逆に新鮮なのは、そういう存在が周知されているにもかかわらず、現実感や切実さをもって捉えられていない社会だ。それどころか自ら手を汚さず、ホトケから社会の安全を守る直葬隊を“忌み”嫌う人々。それは今の日本が抱えるさまざまな問題で、よく見る風景ではないだろうか?

さらに、その“忌み”を強調するかのように「喪」の言葉の数々が漫画全編を覆っている。ゾンビを「ホトケ」、それを駆除することを「お見送り」と呼び、「本日のお悔やみを申し上げます」と集団感染警報のスピーカーが鳴る。これら「喪」を想起する言葉を使うことで、隠されたりフィクションめいたものにされたりしがちな現代のリアルな「死」を生々しいものとして浮かび上がらせている。さらに極めつきがコレ!







ファンタジーの世界から逸脱する、生々しい死のイメージをまとう日本兵の影! ホトケの原因となる鬼門原蟲が終戦直後に発生した、という設定にもつながるのだろう。しかし、それにしても重く生々しい日本兵の「死」を、パニックアクション漫画の設定に溶け込ませようとする作者はどーにかしてる(いい意味で!)。

主人公の西条は、鬼門原蟲と共存している状態で、発症時には陽性、通常時は陰性を示す「鬼門帰り」だと言われる。日本では鬼門は北東の方角(鬼が出入りする方角)とされるが、台湾ではあの世の扉を指すという。ここでいう鬼門帰りは台湾のそれで、西条は「生」と「死」の境を行き来しつつも、どちらにも属せないマージナルマン(境界人)として、ホトケに対峙していくことになる。
さらに西条は、社会的最小単位である「家族」と、その総体としての「国」のマージナルマンにもなっていくのではないか? というのが私の読みだ。そう思わせるのが「安全圏」というキーワード。
 

 
これは感染を疑われた西条が、自宅に直葬隊の手が伸びていることを知るシーン。
 


これは、自分を弟のように大事にしてくれる従姉妹をホトケから守るために覚醒するシーン。
(まだ語られていない)複雑な事情で親を亡くし、叔母家族に育てられた海斗。同時に国家公認組織の直葬隊に属しながら、ホトケになれば即座に処分される状況のなかで、安全圏を見つけることがマージナルマンである海斗の目的ではないか? 彼に寄り添うのが、国の名の元に命を落とした日本兵というのも象徴的だ。

第1巻においては、まだパニックアクションの“動”の部分に余力を残しているし、その世界観ゆえに少し陰鬱な印象を受けるかもしれない。しかしそこに孕(はら)んでいるのは「死」に対して真摯ではない社会への怒りのように思えてならない。それも日本が吹き飛ぶほどの怒りだ。その怒りが一気に爆発する瞬間が訪れることを考えると、ドキドキが止まらない!

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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