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2018.06.03

レビュー

「鬼太郎が産まれるシーン見ました?」漫画は圧倒的にシュールで奇妙な世界観

初めて『ゲゲゲの鬼太郎』に出会ったのは、テレビのブラウン管の中だった。蜂みたいな柄のちゃんちゃんこを着た片眼の男の子。個性的な面白いキャラクターたちに囲まれてワイワイ暮らす妖怪君。歩き回る目玉を「父さん!」と呼ぶことに、子どもの私は少しも違和感を覚えなかった。今思えば不思議な体験だなと思う。

この本は『別冊少年マガジン』1968年8月号に掲載された「鬼太郎誕生」から始まります。私が生まれる10年以上も前。1968年がどんな世界だったのか調べてみた。チェコでプラハの春が始まり、日清食品の出前一丁やハウス食品のボンカレーのレトルトパウチ、日本初のスナック菓子のカールが発売になる。巨人の星が大ブームになり、アポロ8号が月の地平線からのぼる地球の写真を撮った。そんな世の中だった。

水木しげる先生が40代のときに描かれた漫画で、その逸話や談話はたくさんのメディアで紹介されている。掘り下げればどこまでも掘り下げられる無限の情報量。それは著者への愛情であり、鬼太郎というキャラクターへの敬意が詰まっている。50年経った今でも、新鮮で斬新なキャラクターたちは世界中で愛されている。それはインターネットで検索してみるとすぐに感じることができる。その中のひとりに、きっと私も含まれる。

今年はアニメ化50周年として『ゲゲゲの鬼太郎』第6期アニメがスタートした。『ゲゲゲの鬼太郎』を観て育った子どもたちが大人になり、今、新しい世界でアニメを作っている。『ゲゲゲの鬼太郎』という黄色と黒のしましまのバトンは確実に時代と世代を超えて受け継がれている。どんな表現であれ、どんな技術であれ、作品を文化としてつないでいくのは素晴らしいことだなと思う。ちなみに私は1985年に始まった第3期を子ども時代に楽しんだ世代のど真ん中。同世代の友人と話せば、みんな同じ顔の鬼太郎が思い浮かぶのがとても嬉しい。

■『ゲゲゲの鬼太郎』が新書サイズに

そんな世界中で愛される『ゲゲゲの鬼太郎』が、講談社のKCMから新書サイズで新しく発売になりました。水木先生のしっかりした力強くて繊細な絵が一回り大きくなって、よく見えるようになりました。ちょうど手に納まるので読みやすいサイズです。毎月少しずつ発刊され、全13巻になる予定とのこと。表紙の印刷もマットな仕上げで美しく、集めたくなります。


今月は1巻と2巻同時発売で、鬼太郎と目玉のおやじ誕生からはじまります。子どもの頃の記憶では、鬼太郎は目玉のおやじと暮らしているところから始まっていたので、どうやって鬼太郎が誕生したのかを知らずにいました。

漫画で鬼太郎と目玉のおやじの誕生を改めて知ると、少し切なさを感じます。

わかりやすいアニメの鬼太郎より、漫画はシュールで不思議な世界観の物語です。明確なストーリーがあるわけではなく、毎話、奇妙な読み切りのような感じで(時々、数話で完結する話もあります)通しで読まなくても、部分的に少しずつ読むこともできます。


■「何か怖いモノ」という感覚は必要

どの話も面白いのですが、私が特に好きなのは2巻に収録されている「おばけナイター」です。思い通りに打てる鬼太郎のバットを拾った人間の少年が、バットほしさに命をかけておばけチームと野球で勝負をします。おばけチームがやってくるシーンの絵が圧巻で、大好きなコマです。

人間の子どもたちが怯えながらもおばけ・妖怪たちと野球をする。怖いはずなのに、絵の中の端々に奇妙な友情や楽しさも見え隠れして、こっそりワクワクするのです。

「何か怖いモノ」がある。それは生きていくのにとても必要な感覚です。ただ、だからといって、「何か怖いモノ」を恐れすぎたり、逃げてなかったことにしたりするより、世の中には理解できない怖いモノがあるんだと受け入れて、それもいいじゃないと思って怖い感覚を楽しむと、見える世界の風景が途端に変わります。

この漫画が描かれた頃、野球は子どもたちの大好きな遊びで、野球道具は宝物だったと思います。宝物(野球とその道具)と妖怪(なにか怖いモノ)の対比が見事に描かれた話で、小さい頃に感じていた、感情の境界線が混ざって混沌としていた感覚を思い出しました。今でも自分の中にその片鱗はありますが、やはり私も大人になってしまったようで、混沌とした感情は少しずつ分解されて整理されてきているように感じます。

■『ゲゲゲの鬼太郎』とは何か。

多くの人たちがこれまでいろいろな場所で語り続け、多くの意見がある問いかと思います。私の中では「なんだかよくわからない怖いモノ(感覚や気持ち)と友だちになる方法を教えてくれる漫画」です。何歳になって読んでも発見があり、10歳と20歳と30歳の私が本の中で、時間という道を行ったり来たりしながら、歪みを楽しんでいます。これから40歳と50歳と60歳の私もそこにゆっくり参加していき、それぞれにやっぱり忘れられない「なにか怖いモノ」を共有して、おしゃべりをするのだと思います。

幼い頃アニメで出会った人、親の本棚で原作に出会った人、青春時代に読み込んだ人、いろいろな世代のいろいろな場所にいるいろいろな人に、もう一度読んでもらえたら嬉しい漫画だなぁと思いながら、3巻の発売を楽しみに待っています。


引用画像©水木プロダクション/講談社

レビュアー

兎村彩野 イメージ
兎村彩野

AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。

https://twitter.com/to2kaku

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