言わずとしれたベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』の続編である。
前作の発売は昭和56(1981)年だった。戦後最大のベストセラーと呼ばれ、国内だけでなく海外でも話題になっていたのは、18歳(受験勉強中)の私にもなんとなく伝わってきた。
当時の黒柳徹子さんは48歳。時代は高度経済成長を終え、バブルへ向けニッポンの新たな歩みが始まっている頃だ。そういっちゃなんだが、自分の母親世代の女性が子ども時代を懐かしがる内容に、もうすでに下宿生活を始めていた生意気盛りの青年(である私)は、「自分には関係のないこと」として、この大ベストセラーを関心の外に置いていた。
後年、実家の本棚に「トットちゃん」があるのを見つけた。(黒柳さん世代の)母はきっと自分の少女時代を懐かしがりながら、読んでいたのだろう。
今回、続編を手にする前に、原点である『窓ぎわのトットちゃん』を初めて読んだ。
なるほど「かわいい」本だ。いわさきちひろさんの挿絵もさることながら、なんというか文章の紡ぎ出す「世界」がかわいい。おじさんが表現するのはなんとも難しいが、「リボン」や「キャラメル」に代表されるような女児の持つ「無垢さ」に悪戯心が加わり、なるほど魅力的な物語が展開されている。
「トモエ学園」という先進的な学校の魅力、主人公である「トットちゃん」のキャラクター、助演女優賞級のママの存在、飼い犬のロッキー、そして、かわいらしいお友だち。「ウケた」要素はいっぱいあったのだと思う。だが、何百万部という大ベストセラーは、必ずしも同世代の女性だけが手に取ったわけではないのだろう。その普遍的な魅力はいったいなんなのか。漠然としたイメージのまま、続編を読み始めた。
トットちゃんは少しだけオトナになり、戦争中の疎開を体験し、多感な女子高生で戦後の復興期を迎え、まるで運命の糸に引っ張られるかのようにNHK劇団に入り、紅白歌合戦の司会に抜擢され、「いまの黒柳さん」へと着実に近づいていく。乱暴にまとめるとこれだけの話なのだが、読む人をなんともたのしく前向きな気分にさせてくれる。
書き口のせいか、全編が童話仕立てのようなのだけれど、戦争体験や疎開の苦労など、その実けっこうたいへんな目にも遭っているわけで、そのわりにはまったく悲壮感がない。なんというか、地に足がついていると言うか、確固たる軌道に乗ってしっかり生活をしている感じがする。ここらあたりは、男性が主人公の「戦前戦中一代記」と比較するとよくわかる。男の場合、生活を描こうとすればするほど、主人公の思いのみが先走り、読んでいるこちらの目線を置いてきぼりにするきらいがある。そこへいくと「トットちゃん」の安定感は強い。前向きにしっかり目を見開いて生きていけば自ずと道は開ける、まさにそんな安心感がある。これこそが、普遍的な魅力なのだ。
正直、書評と言うには荷が重すぎる。あれだけの国民的人気を誇る黒柳さんの42年ぶりの著書が評価されないわけがない。内容はそれぞれが読んでほしい。それぞれの人がそれぞれの思い出とともにそれぞれの時間を楽しめる、そんな本だ。
私がいまいちばん言いたいこと。それは、若い人も私のようなおじさんも、この物語を読むべきだということだ。
世代間のギャップはいつの時代にもある。若者は「近ごろの若いもんは」と説教され、年配者は「老害」と疎まれる。年配者は同じ話を何度も繰り返し、若者は言うべきことをいつも言いよどんでいる。これは解決すべきだ。まずは、おたがいの「物語」を聞くことから始める。
話は簡単なのだ。このことをトットちゃん、いや黒柳さんからいちばん教わっている感じがする。
黒柳さん世代である(私の)母の面倒を見る機会が増えた。いままでまったく関心を示さず、それどころかいっさい聞こうともしなかった「昔話」をよく聞く。違う時代を一生懸命に描写しようとする話は、実はかなりおもしろい。だが、誰もが黒柳さんのように聡明で、生き生きと物語を語れるわけではない。やはりあれは類稀なる才能である。
だが、(たとえば私の母のような)一般の年配者の話がモタモタとつまらなければ、いっしょに話をおもしろくしていけばいい。そのとき、どう思ったの? どんな気分だった?ってどんどん聞いてあげればいい。時代がズレてわかりにくい話を「知らない」と突き放すのではなく、「へえ、すごいね」と自分の感覚で素直に驚けばいい。そして、ときには共通の思い出を探るのもいい。
誰でもできることだ。だがこれをするのに、私は長いこと時間がかかった。
黒柳さんは『徹子の部屋』で、毎日人の物語を聞いている。
人生はおもしろい。そして、長く生きているということは最高のコンテンツだ。
令和の新しい「トットちゃん」は、トットちゃんがNHK劇団を辞め、新たな冒険を求めニューヨークに旅立つところで終わっている。黒柳さんの人生のまだまだ「さわり」の部分だ。
物語は続く。そのことは、日本中の誰もが願っている。
疎開先へと向かうひとりぼっちの夜行列車の旅は、こっちまでドキドキした。大好きなパパとの別れのシーンは、とてもリアルで引き込まれた。NHKでの研修生時代、自分の個性に悩んだ姿はとても印象深かったよ。そうそう、あるある、みんな悩むんだ。
さらに歳を重ね、話の続きが聞けることをいつまでも願っている。
レビュアー
コラムニスト。1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、独立。フリー編集者として、雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に、昭和の風俗や観光に関するコラムを寄稿している。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『車輪の上』(枻出版)、『大物講座』(講談社)など。座右の銘は「諸行無常」。筋トレとホッピーと瞑想ヨガの日々。全国スナック名称研究会主宰。日本民俗学会会員。