第69回江戸川乱歩賞を受賞した話題作「蒼天の鳥たち」。 著者・三上幸四郎さんはドラマやアニメなどのシナリオで活躍するキャリア30年のベテラン脚本家だ。映像の世界で培ったテクニックをベースとする、三上流 “読ませる”エンタメ小説の魅力を、担当編集と語る。
シナリオの世界から新たに切り拓いた小説家への道
大庭 江戸川乱歩賞を受賞された『蒼天の鳥』が、いよいよ発売です。小説家デビューへの思いは昔からあったんですか?
三上 実は、小説を書いてみようと思ったのはつい数年前なんですよ。子どもの頃から本を読むのはすごく好きで、なかでもミステリー、特に乱歩賞受賞作はよく読んでいました。でも、映画を観るのも大好きで。ちょうど大学生の終わりくらい、もう就職も決まった頃にたまたま新聞の夕刊でシナリオの学校が生徒を募集しているのを見て、応募したんです。会社勤めをしながら2 〜3年通ったのですが、社会人3年目のときにシナリオの公募で賞をもらって。それを機に会社を辞め、脚本家の道に進むことになりました。
大庭 三上さんは『名探偵コナン』のアニメオリジナル脚本や、『特命係長 只野仁』など数々の人気ドラマの脚本も手がけてこられました。小説を書き始めたのはいつ頃ですか?
三上 シナリオの仕事は本当に面白くて、もう30年近くやってきました。そろそろ小説を書いてみたいなと思ったのは50歳手前くらいです。シナリオはだいたい400字詰め原稿用紙で30枚から120枚で完結するものですが、小説だとそれが500枚、600枚になるので、また世界が違うだろうと。
実際に書いてみたら、わりとすんなり書けて、ある新人賞に応募したところ、最終選考に残ったんですよ。あれ、才能あるかも、と思っちゃいました(笑)。
そこからまた忙しくなって4〜5年経っちゃったんですけど、今度は乱歩賞に応募してみようと思って。実は前年も挑戦して2次予選通過までいきました。
大庭 実質3作目で、今回の受賞に至ったわけですよね。
三上 でも、シナリオはその100倍くらいは書いていますから。そこで培った技術を利用している感じはしています。
大庭 物語、ストーリー展開が超新人級というか、新人賞のレベルじゃないなと一読して思いました。本当にプロのテクニックで、読んでいて引っかかるところがないし、読者を常に飽きさせないサービス精神もすごく感じられる一作だと思います。
激動の大正時代を舞台に実在の女流作家の母娘を描く
『蒼天の鳥』著者、三上幸四郎氏
大庭 主人公は、大正時代に実在した作家の田中古代子と、詩人でもあるその娘の千鳥。小説の舞台は、三上さんのご出身でもある鳥取県です。やはり、同郷ということで昔からこの親子に思い入れが強かったのでしょうか?
三上 いえいえ。田中古代子の存在を知ったのも数年前なんです。
大庭 実は私、この作品を読むまでは名前すら聞いたことがありませんでした。
三上 大丈夫ですよ(笑)。鳥取でも彼女のことを知っている人はほとんどいないと言っていいくらいです。娘の千鳥のほうは、7歳で他界した天才的な詩人として近年再注目されていますが。
大庭 本作は、この親子が命を狙われ、その真犯人を突き止める物語ですが、7歳の千鳥は乱歩賞史上最年少の探偵でもありますね。
三上 はい。その“最年少”に目をつけて主人公に据えた部分も、なくはないです(笑)。もちろん設定としてすごく面白くなりそうだと思ったし、現代の人たちにも通じるテーマ性もありました。
大庭 田中古代子は女性の地位向上のための活動もしていた作家だったんですよね。物語は大正13年(1924年)に古代子と千鳥が劇場へ「兇賊ジゴマ」を観に行くところから始まります。この活動写真は大正元年に爆発的なブームになって、子どもたちへの影響から上映禁止にまでなったものでした。
三上 江戸川乱歩も子どもの頃に観て、すごく興奮したということをエッセイに残しています。もしかすると「怪人二十面相」はジゴマに影響されて創造したキャラクターなんじゃないかとも言われているんですよね。そして大正13年というと、ラジオ放送が始まるのが次の年からなので。
大庭 もちろん、テレビもなかった。
三上 新聞や雑誌が一番のメディアだった時代です。そこで中央の政治家や文学者、あるいは思想家が言ったことを地方の人々はどう捉えて、自分のなかで消化し、立ち上がっていったのか。ここに登場する社会主義者にしてもいろいろな種類があって。ロシアのマルクスから始まって日本でアレンジされたところもあるし、どこかでかけ違えてしまった人もいる。
歴史って、ふり返ると成功者とか有名な人ばかり出てくるんですけど、そうではない埋もれた人たちもたくさんいて。自分の力だけでは抗えない、そうした人生におけるどうしようもなさみたいなものも、この物語で描きたかったことでした。
シナリオづくりで培われた極上のエンターテインメント
左)『蒼天の鳥』著者、三上幸四郎氏 右)担当編集者、大庭
三上 『鬼滅の刃』なども大正が舞台ですが、この時代そのものの面白さもありますよね。
大庭 大正は、たった15年しかないんですよね。
三上 図書館でも明治や昭和のコーナーはたくさんあるのに、大正はほんのちょっとしかない。大正天皇があまり長生きではなかっただけでなく、政権がコロコロ替わって落ち着かない時代でもありました。逆に、そういうところの面白さがあるんだと思います。女性の社会進出や社会主義を目指す活動も玉石混交で、うまくいったりいかなかったりした時代。
そこで敢えて地方を舞台にして、大正ロマンとか竹久夢二とかではないところを描きたいと思って書きました。
大庭 基本的にはエンターテインメント作品だと思うのですが、あの時代ならではのそういう“混沌”がエッセンスとして入った作品ですよね。書かれる上で特に苦労されたのはどんなところですか?
三上 まず、資料が多すぎて(笑)。構成を決めてキャラクターを動かしていくのはシナリオも同じですが、それを小説というものに変換していくのはやっぱり大変でした。本当にこの文章でいいのか、何度も納得のいくまで直しましたよ。選考委員の綾辻行人先生には、物語をつくるという意味においては脚本で培った技術を存分に生かしていると評していただいて。京極夏彦先生にも、ケレン味があると言われてうれしかったですね。どうやって読む人をびっくりさせて楽しませようか、僕もずっとそこを目指していたので。
大庭 次回作も楽しみです。まずは近日中に短編を「小説現代」で。今度は現代ものですよね?
三上 はい。こういう賞をいただくと、その後の作品にも縛りがあるのかと思っていたので、また大正時代を書けと言われなくて少しほっとしました(笑)。
撮影/森 清(講談社写真部)
1967年鳥取県生まれ。慶應義塾大学卒業後、3年間のサラリーマン生活を経て、脚本家に。これまでに、『名探偵コナン』『電脳コイル』『特命係長 只野仁』『特捜9』など数多くのテレビドラマ・アニメの脚本を執筆。2023年「蒼天の鳥たち」(刊行時『蒼天の鳥』に改題)で第69回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビュー。