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2023.07.21

レビュー

大谷翔平や藤井聡太はどうして生まれるのか? 能力と遺伝の正体を解き明かす。

知らなかった「遺伝」の真実

持って生まれた顔立ちや性格、能力のほとんどが「遺伝子」によるものだと思っていた。私自身も「顔は母に、性格は父にそっくり」と言われるし、「蛙の子は蛙」「トンビが鷹を生む」といったことわざには「平凡な人間の子は同じように平凡(なはず)」という意味がある。
ある人が持つ優れた能力や、性格上の美点といった長所は、「努力のたまもの」より「親譲り」、つまり遺伝と言われたほうがなんとなく納得できてしまうのはなぜだろう。しかし、環境や教育が無意味なものとも思えない。もし「親ガチャ」に外れてしまったら、あきらめを感じながら生きていくことになるのかと問われれば、「それは違う」と、多くの人が思うはずだ。

大谷翔平や藤井聡太のように、自分と同じ人間とは思えないほど卓越した能力を持つ人たちがいる。しかし彼らの両親が同じような種類の才能を、同じようなレベルで発揮していたという話は聞かない。彼らの能力や才能の源泉はどこにあるのだろう。やはり、持って生まれたもので決まるのか。それとも努力や環境によって得られるものなのか。

「才能は、遺伝か、環境か」……。本書『能力はどのように遺伝するのか 「生まれつき」と「努力」のあいだ』は、そんな問いを最新の“行動遺伝学”の知見を用いて考察する。行動遺伝学とは、大まかにいえば「一卵性・二卵生双生児の類似度を利用し、遺伝・共有環境・非共有環境の影響を統計処理で求める」、つまり人と人との違いを作る要素を、遺伝により影響を受けるもの、環境により影響を受けるものに切り分ける手法だ。遺伝は、「親がこれぐらいだから、子もこんなもの」というように、しばしば制約的で、時に差別的なものと捉えられることもある。本書は、行動遺伝学の知見を用いてそんな誤解に大きく切り込む。

私やあなたと、大谷翔平のDNAの塩基配列は99.9%まで同じだという。

ヒトの遺伝的差異は、遺伝子の圧倒的同一性という大海の上に浮かぶ小島ほどの形の違いでしかないのだ。
されどそれは、一人ひとりの人生にとって大きな意味をもつのである。

本書は、この圧倒的な個人差に大きくかかわる「0.1%」の意味を、行動遺伝学の第一人者・安藤寿康氏が様々な文献・データを用いて科学的に読み解いていく。

行動遺伝学の膨大な成果

「才能は生まれつきか、努力か」。こんな問いをそのままタイトルに掲げているのがこの本の第2章だ。

遺伝子が生まれつき与えられたその人の存在の出発点である以上、いかなる才能や能力にも「生まれつき」がかかわっているのだ。

としたうえで、この本で扱う「生まれつき」「天性」「素因」、また「努力」といった概念が整理されている。遺伝学の知識がない私には、これらは普段使っている言葉のニュアンスとはやや異なるように感じた。この点を把握しておくだけでも、なじみのない内容もスムーズに頭に入りやすくなる。たとえば、本書における「生まれつき」とは次のような意味だ。

本書では「生まれつき」を「非学習性の心的機能」、つまり経験によって学習することができない心の働きと考えることにする。神経質や外向性といったパーソナリティはこれに相当する。それらがなぜ学習されないといえるかといえば、前節で説明したように、これらには共有環境の影響がみられないからである。

言葉の意味に続けて、サラッと驚くべき記述がある。「パーソナリティに共有環境は影響しない」。
確かに、この図を見ると、パーソナリティについては半分弱が遺伝、それ以外が“非共有環境”に影響されているのが分かる。


「共有環境」とは、同じ環境で同じ親に育てられるといった、主に家庭環境を指す。対して「非共有環境」は同じ家庭の子供が共有しない環境のことで、たとえば友達、学校の先生などを指す。パーソナリティを規定しているのは遺伝で、残りは一人ひとりに固有の非共有環境で説明がつくという。「神経質な子どもは親の顔色を窺って神経質に育つのではなく、神経質な形質が遺伝している」ということのようだ。
さらに「どういうこと?」と私の目を惹いたのは「環境も遺伝する」というフレーズだ。これは、ヒトはその人のもつ遺伝的な特性から出る行動によって、それぞれ独自の環境を作っていく、という意味だ。
また遺伝の影響は、生まれたばかりの時期のほうがストレートに表れ、その人が成長するにつれ、その人固有の持ち味のようなものが出てくると思っていたが、知能の遺伝率は年齢とともに上がるとされているのも驚きだった。
本書を読み進めていくと、こんな風に、遺伝についての「知らなかった」「意外」があちこちに顔を出してきてハッとする。それは遺伝と「才能」「能力」の関係が少しずつ見えてくる楽しい驚きでもある。

個人差の源泉を知る

本書には「行動遺伝学の10大発見」として、長年の行動遺伝学の膨大な成果がまとめられている。その一つに

遺伝子は数多く、一つ一つの効果は小さい。

というものがある。

複数の遺伝子が関与する遺伝様式は「ポリジーン」と呼ばれる。関連する遺伝子座が増えるほど階級は増え、バリエーションの多様性が広がる。身長や体重、体質といった複雑な形質は基本的にポリジーンである。人の顔立ちもそうだ。

「顔」の遺伝子などはない。つまり、その人の顔立ちを作る特定の遺伝子はない。たくさんの遺伝子がつくりだすタンパク質の組み合わせ、顔に関わる全遺伝子のコンステレーション(集まった配置)が、その人の顔をそうさせているのである。

知能や能力も同じで、一つの形質に影響を及ぼす単独の遺伝子はないが、膨大な遺伝子たちがそれぞれに機能を発揮した結果として現れるという意味では、これらもまた遺伝的と言える。
しかし、本書は行動遺伝学を通じ、環境が行動、ひいては能力に与える影響の大きさも無視できないものだと教えてくれる。遺伝の影響は日常生活のあちこちに見え隠れしているが、それは人間の行動は完全に遺伝子に支配されているという意味ではないようだ。この本は「個人差の源泉」に光を当て、「蛙の子は蛙」的な「遺伝」に関するネガティブな思い込みを覆してくれる1冊だと感じた。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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