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2022.05.27

レビュー

「遺伝子はDNA」が揺らぎ始めた! RNA発見がますます遺伝子の謎を深める!?

「大河ドラマ・遺伝子」

「ぞうさん、ぞうさん、お鼻が長いのね。そうよ、母さんも長いのよ」有名な童謡の一節だ。「母さんの鼻が長いから、子供の鼻も長い」。当たり前のことに感じる。だって親子だもん。しかし、なぜ、子は親に似るのだろう。考えてみれば不思議なことだ。

遺伝子の正体をつかもうという科学者たちの試みは150年ほど前から始まった。しかし研究が進み詳細な情報が増えた結果、むしろ「遺伝子」の定義は今また曖昧になったという。本書『遺伝子とは何か? 現代生命科学の新たな謎』は「遺伝子って、DNAでしょ」「タンパク質を作るDNA領域のことだよね」と、すでに明確な答えがあるかのように思われている「遺伝子とは何か?」を、一から考えてみようという1冊だ。

冒頭、著者の中屋敷先生はこう語る。

人は「自分の中にご先祖様の血が流れている」と時に表現するが、生命が本当にバトンのようにリレーしてきたものは、遺伝子である。私たちは遺伝子を受け取り受け渡すことで、過去の生命と、そしてまた未来の生命と、つながっている。本書は、この世代を超えて生命をつなぐ「遺伝子とは何か?」を問うためのものである。

この「生命のバトン」に思いをはせるとき、私は遺伝子学にロマンを感じるし、非常に夢のある学問だとも思う。本書は、遺伝子をめぐる科学史を追いながら、「遺伝子の正体」を問う。現在の遺伝子学の最新状況を伝える知見だけでなく、その裏側にあるストーリーも読み物として楽しめるように書かれた「大河ドラマ・遺伝子」のような1冊だった。

早すぎた天才

第一章では、遺伝学の誕生となる「メンデルの法則」を発見したヨハン・メンデルが行ったエンドウの交配実験から、遺伝学の夜明けが語られる。中学校で習う「メンデルの法則」だが、この図解に見覚えはあるだろうか。

メンデルはエンドウを植え、種子の形や子葉、種皮の色、サヤの硬さや色、花の付く位置、茎の高さなど七つの形質を用いて交配実験を行った。そして発見されたのが以下の3つの法則だ。

・異なる形質をもつ純系の親から生まれる子は、片方の決まった形質が現れる「優性の法則」(上の「図1-4」)
・減数分裂で対になっている遺伝子が分かれて別々の細胞に入る「分離の法則」、
・対立形質を表す遺伝子が別々の染色体に収められている「独立の法則」。

この「特徴が違う2種のエンドウを交配して雑種を作り、各種の特徴が子孫にどのように伝わったかを調査する」というオーソドックスな研究が後世に語り継がれたのはなぜか。中屋敷先生はこう想像する。

多少なりとも育種学や遺伝学に関与したことがある人ならわかると思うが、7つの違う形質を選んで、そのすべてが同じ挙動を示すものであることは、偶然ではありえない。つまりメンデルは様々な形質の中から、同じ振る舞いをする形質グループを選んで調査しているのである。決してランダムに形質を選び観察した訳ではない。恐らくメンデルは実験を開始した時点ですでに「遺伝の法則」についてある程度の仮説を持っており、それに沿う形質を選んでいたように思われる。

物理学や数学に深い造詣のあったメンデルは「遺伝」に統計学的な考えを導入して解析を行う。しかしその結果を正しく理解するだけの知見が当時はまだ蓄積されておらず、科学者としてのメンデルはすぐに高い評価を得ることはできなかった。メンデルは敬虔なクリスチャンでもあった。そんな彼が「今に私の時代が来る」と、コツコツと種の管理、交配、実験を行ったのは「神の作った法則」を抽出する作業でもあったに違いない。中屋敷先生はこうまとめる。

「今に私の時代が来る」というメンデルの言葉には、自分は「神の御業」に触れた、その確信が表れているように筆者には思われる。そして、その彼の確信は、確かに正しかったのである。

栄光の光と影

DNAといえば、二重らせん構造を思い浮かべる人も多いと思う。


第四章にある、この「二重らせん構造」の発見の経緯にまつわる物語には、非常に興味をひかれた。

科学専門誌「ネイチャー」1953年4月25日号に、短い論文が掲載された。そこには、DNAが互いに逆方向に結びついたらせん状の2本のリボンからなる「二重らせん構造」を持つことが記されている。論文の共同執筆者はジェームズ・ワトソンとフランシス・クリック。彼らは「生命の秘密を解いた研究者」として、大いに注目を集めた。

しかしこの栄光の裏には、ドロドロの研究者間の戦いがある。
研究室の同僚だったワトソンとクリックはDNA構造に迫ろうとしたが、ある事情から十分なデータを持たずにいた。
一方、ロザリンド・フランクリンと、職場の先輩モーリス・ウィルキンズは、ワトソンたちに先駆けてDNAの構造解明を行っていた。フランクリンとウィルキンズが不仲である一方、ウィルキンズとクリックは旧知の仲であり、ワトソンも含めて友好関係にある。そんな中、フランクリンの未発表データがワトソンとクリックにわたってしまうのだ。データを見たワトソンはDNAがらせん構造をとっていることを確信する。さらにクリックは、フランクリンの上司を介し、彼女の研究の進展状況に関する報告書も手に入れる。

このフランクリンの質の高い未発表のデータはワトソンとクリックの演繹的なモデル作りを大いに進め、その結果得られたのが、かの有名な「DNAの二重らせんモデル」である。

そして彼らはウィルキンズとともにノーベル生理学・医学賞を受賞する。本人も知らないうちに最も重要な寄与をしていたフランクリンは、卵巣がんによりすでにこの世を去っており、晴れの舞台に立つことはなかった。

あまりに理不尽な話に見える。しかし、この栄誉はフランクリンが受けるべきかという点には疑問が生じるという。本章で、ワトソンについてはこう記されている。

彼はまだ多くの研究者が「遺伝子はタンパク質でできている」と考えていた時代からDNAにこそ「生命の秘密」が隠されていると考え、そこへの最適なアプローチとして構造解析にたどり着いたのだ。だから、彼にとってDNAは親から子供へと正確にかつ安定に遺伝情報を伝えることを可能にする物質でなければならず、常にそれを念頭に構造を考えていた。

この発想の延長線上に「DNAは二本の鎖」があり、生命の根本原理である「塩基の相補性」をワトソンが発見した経緯にもつながっていく。先の引用にある「演繹」とはいくつかの情報を関連付けることで、そこから結論を導き出す思考法のことだ。この思考法を念頭にこの章を読むと、決してワトソンとクリックが、フランクリンのデータをかすめ取っただけの存在ではないことがよくわかる。論文にフランクリンの名を記さないというルール違反は犯したが、彼らがこの栄光にたどり着くことは、やはり必然であったように思うのだ。

新たな問いの始まり

2003年にヒトゲノムの解析が終了したと言われているが、それは遺伝子を知り尽くしたということではなく、遺伝子に関する新たな問いとその答えをめぐる研究の始まりであるという。本書はそんな遺伝子に関する最新研究を凝縮したものだが、それだけではない。生命の秘密と同じく、バトンのように渡されてきた研究者たちの「遺伝子学への情熱」を、その場にいるように私たちに見せてもくれるのだ。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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