病気も遺伝するのだろうか?
気が付くと、親にそっくりになってきている自分に驚く。顔や体形はそうでもないが、爪の形や筆跡、話し方のくせなど、ちょっとしたところがそっくりでなんだかぞわぞわする。遺伝子、おそるべし。そんなことを思いながら『日本人の「遺伝子」からみた病気になりにくい体質のつくりかた』を手に取る。健康診断の問診票に「家族の中にがんになった人がいるか」という設問もあることだし、高血圧や肥満などの体質が親から遺伝するとしたら、まさに「健康ガチャ」ではないか。
両親がそろって高血圧であっても、子どもが高血圧になる確率は50%です。
読み始めて早々に、不安な心が少し軽くなる。「病気のなりやすさ」は遺伝だけに左右されないという。確かに、体調管理にものすごく気を使っているのに、年に数回は風邪をひくという人がいる一方で、食べ放題飲み放題、運動嫌いで部屋も汚い……そんな不健康な環境で暮らしていながら病気一つしない人がいる。この差が何なのか、ものすごく気になってしまう。
本書『日本人の「遺伝子」からみた病気になりにくい体質のつくりかた』には、遺伝子と健康についての興味深い話がずらっと並ぶ。体の設計図とは?から始まり、日本人の遺伝子と体質の特徴、遺伝的なリスクを抑え健康に過ごすにはどうすればよいのかをわかりやすく教えてくれる。
「遺伝子」といえば“DNA”や“ゲノム”といった言葉が思い浮かぶが、本書は、体質の基礎となるゲノムの話が中心だ。ゲノムは体の中でこんな風に働いている。
全身の細胞がどんなふうに並んで臓器を作り、どんな働きをするのかを決めることで、病気のなりやすさを含めた「体質」の基礎をつくっており、ゲノムがなければ生体機能を維持することはできません。
そのためゲノムは、皮膚、内臓、筋肉、神経を含めて全身に37兆個ある細胞のほぼすべてに1セットずつ入っています。(中略)
細胞は、昼も夜もゲノムという名の「設計図」を参照しながら、自分たちに出された指令を忠実に、正確に、迅速に実行しています。
ゲノムは体の設計図。では遺伝子とゲノム、DNAとはどう違うのか。その問いにはこの図が答えてくれる。
ヒトの設計図があるとして、「DNA」は文字にあたり、「ゲノム」の正体ともいうべきものだという。もちろんそれは例えだが、ゆえにゲノムにはこんな特性もある。
遺伝子やゲノムには、生まれつき決まっていて変化しないイメージがあります。なんといっても人の「設計図」ですからね。けれども、実際のゲノムはとても柔軟で、生まれてからの生活習慣や暮らす環境の影響により遺伝子のスイッチが切り替わります。
遺伝子のスイッチでヒトの設計図の働きかた変わる様子は、ワクチン接種を思い浮かべるとわかりやすい。ワクチンの刺激で免疫にかかわる遺伝子のスイッチがオンになり、免疫機能が活性化する、あの作用だ。本書では遺伝子について、またその変異についてさらに詳しい説明が続くが、「ゲノムは文字が並んでできている」と考えると、それが日々変化することも何となくイメージしやすい。たとえ病気がちな家系に生まれついても、悲観するのはまだ早いんじゃないか……そんな希望を持たせてくれるように思う。
酒が弱いと生存に有利?
遺伝子やゲノムで人の体が変わるということは、環境や生活様式に合わせて人間の体が変わっていくということだ。『第2章 日本人の「遺伝子」と「体質」にはどんな特徴があるか』では、日本人の歴史の中で作られてきた体の特性について語られるが、ここに面白いエピソードが登場
日本人17万人のゲノムを用い、遺伝子変化が起きた時期とその継承を調べてみると、過去1~2万年の間に変異が起きた遺伝子は、一定の方向に体の特性を変化させてきたという。
このなかでもっとも強い働きが「酒に弱くなる方向への進化」でした。飲めるようになるならともかく、飲めなくなるなんて進化といえるのかと思った人がいるかもしれませんが、(中略)専門用語では適応進化といい、生存に有利な特性を獲得することを指します。つまり、日本人は酒に弱いほうが生存に有利だったということです。
日本ならではの水田や湿地固有の伝染病と、酒に弱い人の血液の関連を知ると「なるほど!」と声が出る。下戸であることが生きやすさにつながるなんて。酒に強く、胃が丈夫でなんでもバリバリ食べられて、筋力もある……そんなふうにあらゆる方面に強い体質になれば長生きできる!という思い込みが覆(くつがえ)された。ある集団には有利に働く体質が、別の集団には不利になることもあるのだ。
ほかにも、日本人はやせ傾向なのに、好ましくないといわれる内臓脂肪がつきやすいことにも、海外では好んで食べる人の少ない海藻を、日本人がバリバリ食べられるのにも理由がある。
体の特性、すなわち体質の多くは、生存にもっとも有利な遺伝子が残ってできたものです。
この第2章は体質や生活習慣と遺伝子の関係をわかりやすく読める楽しい章だ。
遺伝子変異を上回る習慣の力
本書の後半では、実際に病気の引き金になる遺伝子変異や、遺伝子スイッチの切り替わりについての考察がつづられる。
「治る病気」になりつつあるようだが、やっぱり怖い“がん”。がんの発生を強力に促すタイプの遺伝子によるがんがあるという。しかし、一般的ながんの遺伝の影響は
大腸がんが11.3%、乳がんは11.2%、肺がん9.9%、胃がん8.3%で、調べたがんのなかでもっとも大きかった前立腺がんでも約19%しかありませんでした。
と、意外に低い。そんな中、遺伝子に起きた変異によって発生し50%の確率で遺伝する「遺伝性乳がん(HBOC)」がある。前述の一般的ながんに比べると、50%は破格に高い数値に見える。しかし、そのHBOC患者も、
18歳から30歳までのあいだに約4.5キログラム以上減量すると、30~40代で乳がんになる危険が34%下がりました。HBOCでは30代、40代でも乳がんが少なからず発生することを考えると、この結果は朗報です。
体をしっかり動かしているグループは、そうでないグループとくらべて、その後10年間に乳がんになる確率が37~42%低いことが判明しています。
といった具合に、肥満を防ぎ、適度な運動をすることで病の発現を抑えることができているのだという。病のもととなる遺伝子変異を持つ人でさえ、実際の病気の発生と進行は生活習慣が大きく左右する。そんな「遺伝子変異を上回る習慣の力」があると知れたことは、今からでもよい生活習慣を取り入れて、健康でありたいと願う大きな動機付けになった。
本書は「生まれ持った遺伝的な体質は変えられる」ことを科学的根拠とともに示すことで、気分を軽くしてくれる。平易な言葉でつづられるこの本のどのページからも、こんな姿勢が伝わってくるのだ。
与えられた「設計図」をどう生かすかは私たち次第です。生まれ持った体質を知り、体質の強みを生かし、弱みをふまえて病気を根気よく封じ込めることで、私たちは大きな力を引き出すことができます。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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