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2023.07.18

レビュー

竹久夢二は晩年の「外遊」で、何を求め、何を見、何を得たのか?

1931年(昭和6年)5月7日、画家・竹久夢二は念願の外遊に出発した。アメリカ合衆国からヨーロッパ諸国をめぐり、海外生活は2年半に及んだ。帰国後ほどなくして、日帝占領下の台湾にまで渡る精力的活動を見せた夢二だったが、結核に倒れ、1934年(昭和9年)9月1日、49歳で病没する。結果的に晩年を飾ることになった長旅で、夢二は何と出会い、何を得たのか? その足取りにスポットライトをあてたのが本書である。

著者は民衆思想史を専攻する研究者、ひろたまさき。本書が単なる著名人の外遊記になっていないのは、著者独自の研究者的視点によるものだ。彼は竹久夢二が生きた明治・大正・昭和初期の日本の世相もつぶさに検証していく。若き日の夢二が影響を受けた社会主義思想、それに対する政府の弾圧……1910年の大逆事件で、見せしめのごとく処刑された幸徳秋水ら「平民社」の人々は夢二の仲間であった。激動する社会情勢は夢二に深いトラウマと無力感を与え、海外行きの意欲に拍車をかけたのではないかという考察は、現代日本の窮屈で高圧的な状況と照らし合わせても説得力がある。

同時に、夢二が極めて現代的なアーティストであったことも多角的に語られる。芸術家として商業的成功と大衆的人気を獲得した稀代のポップスターであり、本の表紙や挿絵、新聞のイラストレーションやポスターなども数多く手がけ、日本における商業芸術の道を切り拓いた先駆的存在でもあった。展覧会での自作の展示形態にもこだわったキュレーターとしての才能もあり、その姿勢にも先進性を感じずにいられない。ただ、本人はポップスターになればなるほど、商業主義に背を向けた本格芸術家になることへの憧れも募っていったようだ。

饒舌にして美の徒らな形骸を弄(もてあそ)んでゐる都会、虚偽と薄情とを画材とせる流行画家の馬鹿々々しさ。〔…〕天地創造の昔から流れてやまない本流のエカキになりたいと言つたのはこのことなのだ。(一九一七年二月一三日、『夢二書簡』)

上記は夢二が熱烈に愛した女性、笠井彦乃に宛てた手紙である。夢二を語るうえでは外せない女性遍歴についても、本書では詳しく語られる。「夢二式美人画」で有名になればなるほど、そのプライベートがマスコミに面白おかしく書き立てられる不運もまた、昨今の芸能ニュースを考えると先駆的と言える。

そんな彼の人間性、アーティストとしての立ち位置を詳しく綴った第一章「外遊に至る道」は、諸外国で彼が遭遇した数々の苦労や発見を理解するうえで、極めて重要だ。夢二が日本脱出を敢行したのは、スキャンダルに疲れ、世間の夢二ブームも下火となり、いよいよ社会情勢に息苦しさを強く感じ始めたタイミングでもあった。

しかし、第二章から本題の海外パートに入った途端、夢二念願の外遊計画はいきなりつまずいてしまう。最初の到着地ハワイを経て、次にサンフランシスコに上陸した夢二たちを待っていたのは、大地震の傷跡と世界恐慌、そして労働争議であった。さらに「旅の存続の危機」という大問題にまで直面する。こう言ってはナンだが、このくだりは読み物として非常に面白い。

旅の案内人と金銭的サポートを申し出てくれたジャーナリストの翁久允(おきなきゅういん)は、行く先々で夢二の絵画作品を売りさばき、旅費を稼ごうと考えていた。が、不況のおかげで日系移民のコミュニティはもちろん、現地の富裕層にも絵はさっぱり売れない。おまけに新聞社で起きた労働争議に巻き込まれ、労働者側に味方した夢二と、経営者側と懇意だった翁は立場的に対立。かくして夢二は翁と決別し、異国の地でひとりぼっちの貧乏旅行を続ける羽目に……という波乱の幕開けとなるのだが、そこから2年以上も外遊を続けるのだから、夢二の根性も相当据わっている。

以降、夢二は自ら絵を売り歩き、展覧会や講演などを各地で行いながら、徹底的に現地の人々の好意と善意にすがって旅を続ける。この困窮ぶりと反比例して威力を発揮するかのような人たらしぶりは、明らかにひとつの才能である(実際こういう人は世の中にいる)。しかも、ぶざまな自分を隠そうともしない。翁との旅費の精算をめぐる最後の話し合いで、立会人を務めた小沢武雄という人物の証言には、思わず笑ってしまう。

小沢は「夢二という人物が、いかに超人的な駄々をこねる人かを知りこれは始末におえないと思った」と回想している。

著者ひろたまさきは、絵画については専門分野外ながらも、夢二の画家としての作風の変化も真正面から論じている。アメリカで夢二が描き上げた油絵『西海岸の裸婦』と『青山河』を重要作として取り上げながら、これらを「未完成」と評し、また彼が民衆芸術運動に力を入れながら、アメリカの多人種社会・格差社会のヒエラルキーを掘り下げる視座はついに持ちえなかった、と手厳しい。作品と時代と環境を密接にリンクさせた分析は興味深く、夢二ファンにこそ読んでほしい優れた批評である。


夢二《西海岸の裸婦》(1931-32年)


夢二《青山河》(1930年)

舞台がヨーロッパに移ってからは、夢二の一人旅はさらに孤独に、内向的になる。ドイツの港湾都市ハンブルグから、芸術の都パリ、ジュネーヴ、ベルリンなどを10ヵ月あまりかけて転々とする夢二。時に、アドルフ・ヒトラーがドイツ首相に任命され、ナチスが政権与党となった時期だった。我知らず歴史の転換点に居合わせた夢二だったが、やはりここでもおとなしく傍観者でいるほかに為す術(すべ)がない。

当時は多くのドイツ国民の間でも、ナチスの危険性や非道ぶりは十分認識されていたというが、人々は「あんな奴らはいつか自滅する」「対抗勢力に排除されるだろう」と、たかをくくっていた。夢二もそんな面持(おもも)ちで、ことの推移を眺めていたのかもしれない。2023年現在の日本でも、現政権の横暴さ、国民の声が一向に届かない徒労感を考えると、他人事ではないと思えてくる。夢二の冷えきっていく心模様が伝わるような章だ。

そんな心の寒々しさ、旅の孤独を埋めるためか、夢二はヨーロッパで娼婦のぬくもりを頻繁に求めた。そういう旅先でのふしだらな行動からも本書は目を背けない。「コンドームはこりごり」などという、今なら炎上必至の日記まで拾い上げている。読みながら思い出したのは、関川夏央・谷口ジローの漫画『「坊っちゃん」の時代』で描かれた、歌人・詩人の石川啄木の実像だ。寂しげで純朴な青年の表情を誰もが思い浮かべる啄木は、若い頃から大変な浪費家で、赤線通いがやめられなかった。また、人に甘える術にも長けていたというから、夢二との共通点も多々あったのかもしれない。

ある人物の美しい部分、立派な部分だけをすくい取るだけでなく、脆(もろ)い部分、だらしない部分も含めて包括的に論じたほうが、評伝として誠実ではないだろうか。ダメなところも含めたリアルな人間的魅力を捉えられるのではないか。そう思わせる力が、『「坊っちゃん」の時代』がそうだったように、本書にもある。

欧米から帰ってきた夢二は、今度は台湾へ出発する。ここでは自作の絵50数点を騙しとられる(!)という壮絶な詐欺に遭(あ)っているが、それよりも重要なのは、夢二が「わが国」がおこなっている植民地政策をその目で見てきたことではないか、と著者は指摘する。夢二が欧米のさまざまな政治的様相を見ながら、帝国主義に傾いていく自国に覚えた憂いや危機感を、いよいよ実感した旅ではなかったか。

帰国間際に夢二が現地新聞に寄稿したエッセイは、まるで露骨な女性蔑視のような、支離滅裂なメッセージだった。そこにどんな皮肉な意図があったのか?という著者の分析は、非常にスリリングである。

ある過去の出来事を語るとき、それを「点」としてではなく、歴史や文化、あるいは登場人物のパーソナリティーも含めた「線」や「面」として捉える視点を持つこと。そうして多角的に熟考することが、正しい歴史研究と言えるのではないか。本書はそんなことを改めて感じさせる労作であり、対象への情熱的な好奇心と愛着なしには生まれえない、夢二への熱烈なオマージュでもある。

著者は2020年6月、本書の最終稿をまとめる前に逝去したため、その後の原稿整理と出版に至るまでの経緯も相当にドラマチックだったことが、著者と家族と関係者による4つのあとがきを読むとわかる。それらもまた、本書の内容をより興味深く、味わい深いものにしている。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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