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2023.04.04

レビュー

ナボナ、ティラミス、マリトッツォ……明治から令和まで、流行スイーツ史!

日本のお菓子は、どれもとてもおいしい。それも値段に関わらず。デパ地下やカフェのスイーツがおいしいのはもちろん、「海外出張の手土産としてアルフォートを持参したら、あまりのおいしさに熱狂が生まれた」という話を聞いたこともある。


こんな風にデパ地下でもコンビニでも駄菓子屋でもおいしいお菓子が簡単に手に入るのは、日本くらいのものかもしれない。

本書『日本人の愛したお菓子たち 明治から現代へ』の著者は今年創立50年を迎えるフランス菓子の名店「ブールミッシュ」創業者の吉田菊次郎氏。製菓・フード業界のさまざまな要職を務め、多数の著書を持つお菓子の生き字引のような方だ。その吉田氏が、明治時代に生まれた洋菓子からチョコレートにスナック菓子にアイス類、バスクチーズケーキにトゥンワッフルといった最新のスイーツに至るまで、愛すべきお菓子たちの誕生秘話や歴史を語る。

様々なお菓子たちが、それぞれの人生に寄り添ってきたわけだが、改めて見てみるに、その甘き道のりは、とりもなおさず私たちが歩んできた日本の文化史そのものであったともいえる。同世代を生き抜いてこられた方々はもとより、異なる世代の方々も含め、お菓子になぞらえながらその時々に思いを馳せつつ、本書によりダイジェスト版にてその来し方をお振り返り頂くことができたら幸甚である。



目次(これでもほんの一部だ)には、子どもの頃から大好きなラムネや麩菓子に、友人と食べたチョコやスナック菓子、並んで買った流行のスイーツたちがびっしりと名を連ねる。収録されたお菓子たちの写真はすべてカラーだ。読みやすく心地よいテンポの文章とともに、どの世代の人にもある、お菓子に関する「エモい!」「懐かしい!」記憶をかき立てる。

第一部では、明治から昭和前期にかけてのお菓子を紹介する。このころは和菓子が主流と思いきや、アイスクリーム、プリン、シュークリーム、あんぱんといった「洋菓子」「パン」のジャンルで今も愛され続ける超ロングセラー商品が続々と生まれている。


一世を風靡(ふうび)し、今は広く愛されるお菓子たちの生い立ちにもいろいろなことがあったのだろうな、と想像させてくれるエピソードがたくさん紹介されており、とても楽しい。

たとえば、「近代的ビスケット」。両国の米津風月堂の当主・米津松造が「バタ臭い」と放置していた欧風ビスケットを、子どもたちは喜んで食べる。そこで米津はイギリスから輸入した蒸気エンジンによるビスケット製造機を用いて、日本で初めての「製菓の機械化」を試みる。しかし、この機械は一日動かすと一か月分のビスケットができる、パワフルすぎるものだった。販売が追い付かないほど大量のビスケットができてしまうのだ。

小さな畑に大型の最新式コンバインを入れるようなものか。ところがひとたび戦争が始まるや、大車輪の活躍をすることになる。例えば日清戦争においては、凮月堂一軒で焼く軍用ビスケットの量と、東京全市の菓子屋及びパン屋で焼くものとが、ほぼ同量であったという。

「バタ臭い」と言われた欧風ビスケットは、軍部の大きな支えとなり、のちに風月堂の主力商品となる。このように、どのお菓子に関しても生まれた経緯や時代背景といったさまざまな要素が、短くテンポよい文章の中にギュッと網羅されている。
気になるお菓子の項目を読むだけでも楽しいが、時代に沿って読んでいくとお菓子の歴史においても流行の繰り返しや、初登場から長い時を経てブレイクするものがあると知れるのも面白い。

1800年代初頭にフランスで生まれたマロングラッセは、その実を壊さぬよう徐々に糖度を上げて煮なくてはならない、とても手のかかるお菓子だ。お菓子の王様とも称されるのは、その手間ゆえでもある……と、第一部で語られる。しかし、第二部に登場する昭和後期のマロングラッセは、量産化が叶って全国どこででも広く味わえるものになっている。子どもの頃、おやつのマロングラッセを食べていたら、祖母に「今日のおやつは豪華ね。昔はこれは高嶺の花だったのよ」と言われたことを思い出す。そういうことだったのか……思わぬところで子ども時代の記憶の答え合わせができた。

2000年代に突入すると、お菓子は「甘い、おいしい」だけでなく「体にいい」という切り口も注目されはじめる。黒糖や黒酢といった「黒い食品」、トマト、ジンジャー、雑穀や塩といった要素が取り入れられたお菓子たちが記憶にある人も少なくないだろう。また、キャラメル、チーズケーキなどとろりとした食感が面白い「生」スイーツの登場や、ナイフを入れると温かいチョコレートが流れ出る「フォンダンショコラ」のように、焼き菓子らしい見た目ととろける食感のギャップを楽しむスイーツも人気を博した。

いろんなものがいろんな形で食卓をにぎわしてくれる。そして、食べておいしいだけではなく、いろんな形で楽しませる。そう、作り手のパフォーマンスが、食べ物をよりおいしくさせるのだ。

「甘い」「栄養がある」ことで愛されてきたお菓子には、いつしか「体にいいものを食べる実感」「映え」「心の癒し」といった、人の心を豊かにする付加価値も求められるようになった。これってすごく贅沢なことじゃないだろうか。この本で語られるお菓子の歴史が、そのまま日本の文化史に通じるのは先に引用した吉田氏の言葉の通りだ。さらに「日本の食文化の豊かさ」「お菓子が私たちの心に与える効用」も教えてくれる1冊だと感じた。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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