読み物として輝く事典
2023年はまだまだ続くけれど、ブルーバックスの『元素118の新知識〈第2版〉 引いて重宝、読んでおもしろい』は、個人的・2023年ベスト書籍のひとつに挙げたい。しばらくはカバンのなかに忍ばせて暮らすと思う。旅のお供にも最適だ。
550ページ超というブルーバックスのなかでもかなりの厚さを誇るこの本は、118すべての元素についてさまざまな角度から紹介する。今まさに元素周期表とにらめっこしている中高生にもおすすめしたいし(覚えるのが楽しくなるよ!)、私のように元素の名前を必死に思い出してやっと20個くらい……という人にも愉快な体験となるはずだ。
そう、とても愉快なのだ。どこを開いても楽しい。副題の“引いて重宝、読んでおもしろい”は本当だ。これは第2版が出るよなあと納得しながら読んだ。
体重70kgの成人の体には約175gの硫黄がある
たとえば硫黄(S)の紹介はこんな書き出しで始まる。
硫黄(いおう)は単体が天然に産出する。有史以前から知られ、聖書の中ではbrimstone(燃える石)とよばれている。火山活動や化合物特有のにおいから神秘的イメージが生まれ、錬金術では重要な根源物質とされた。炭素や鉄、スズ、鉛、銅などと同様に、特定の発見者がいない元素である。
さっそく硫黄のキャラクターがじんわり伝わってくる。そして名前の由来や、地球のどこでよく採られ、どんな酸化物があり、人間がどうやってそれらを活用しているかがわかる。たとえば二酸化硫黄(SO2)は殺菌剤や漂白剤にも使われる。
それぞれの元素には必ずこの表が付いている。
周期表では硫黄はこの辺にいるんですね。融点が二つあるのもおもしろい。それにしても酸化物がいっぱいあるな。酸化物の解説と表を行ったり来たりしながら眺めると楽しい。
本書が他の事典と大きく異なる特徴は、元素とわたしたちの生命や文化との結びつきをたくさん紹介している点だ。
メチオニン、システイン、タウリンなどの含硫アミノ酸として、体重70kgの成人の体には約175gの硫黄がある。これらのアミノ酸はほとんどのタンパク質の成分である。生物の組織、器官、皮膚、爪、毛髪などにはケラチンというシステインに富むタンパク質が多い。
私の体にも硫黄がちょっぴり含まれているのか! 水素(H)、炭素(C)、窒素(N)、カルシウム(Ca)、それからナトリウム(Na)とカリウム(K)は体にいっぱいありそうだし鉄(Fe)も摂っているなあと思っていたけれど、硫黄のお世話にもなっていただなんて。で、ここで「そういやカリウムってどんな元素だったっけ?」と思って、カリウムの項にジャンプしてふむふむと読む。するとこんな解説に出合う。
2011年に起きた福島第一原子力発電所の事故では、大量のセシウム(137Cs)が環境中に放出され、大地に降り注いだ。(中略)セシウムはカリウムとともに、アルカリ金属元素であり、化学的によく似た反応を示す。そこで、カリウムイオンを肥料に加えれば、セシウムイオンの吸収を抑えることができるのではと考え、実施したところ、良い効果が得られたと報告された。
カリウムの活躍ぶりが頼もしい。そして、ここでまた「セシウム(Cs)って何者?」と気になって、273ページで待つセシウムに会いに行くのだ。
このようにあちこち飛び回って読みたくなる本なので、「さくいん」も充実している。私が頻繁に引いているのは「元素日本語名さくいん」だが、「人名さくいん」も用意されているので「マリー・キュリーが発見した元素はキュリウム(Cm)と、あと何だっけ?」といった問いの答えもすぐ見つかる。この人名さくいんには、宮沢賢治や篠田節子といった作家の名前も並ぶ。元素はあらゆる文学作品に登場し、キラッと光っているのだ。
『元素118の新知識〈第2版〉』が手元にあると退屈しない。電車の中でスマホを操作する時間が激減した。
レアアース? レアメタル?
本書には元素にまつわる39のコラムがある。これがまたおもしろいのだ。たとえば「希土類元素(レアアース)」のコラムでは元素と用途がこんな表で紹介される。
プロメチウム(Pm)の用途は原子力電池なのか。あれ? プロメチウム以外の元素の紹介でも原子力電池の文字を見かけたような……そう思ったら「事項さくいん」の出番だ。「原子力電池」を引くと、433ページのプルトニウム(Pu)の項に行き当たる。現在の電子力電池はプルトニウムから作られている。そんな原子力電池の用途のひとつは、人工衛星用の電源なのだという。さくいん様々だな。ここまでさくいんを引きまくったのは、人生初だと思う。
もちろん「レアアース」と同じくらい頻繁に日経新聞で見かける「レアメタル」に関するコラムもちゃんと用意されているので、これまたさくいん片手に楽しんだ。レアメタルのビスマス(Bi)から抗がん剤のシスプラチンに目を留め、事項さくいんを頼りに白金(Pt)へ行き着く(シスプラチンは白金化合物なのだ)。寄り道上等だ。
子どもの頃、「事典を1ページ目からぜんぶ読んだら賢くなるんじゃないか」と期待して試してみたが、ものの数日で挫折した。元素周期表も無理矢理覚えた(そして忘れた)。でも感動して調べた言葉や知識は忘れない。
元素は個性をもち、いろんな働きをしている。なんなら自分の体のなかにちょびっと含まれていたりする。『元素118の新知識〈第2版〉』を読むと、元素と世界とのそんな結びつきに感動する。その感動が私の頭のなかで大きな網となって、寄り道を繰り返すうちに、少しずつその網の目が細かくなっていくのを感じるのだ。
最後に「あ、この本はすごくいいぞ」と確信した文章を紹介したい。
私たちは、自然界に存在する約90種類の元素から構成される世界に生きている。およそ700万年前に誕生したと推定される人類が、自然の中で輝く金や銅のかたまりを見出して感動した瞬間こそ、人類と“元素”の初めての遭遇であろう。
大昔の誰かの感動を追体験できる本だ。そしてまだ見つかっていない119番以降の元素のことが楽しみになる。第2版では新元素の最新の研究状況についても紹介されているので、そちらもじっくり読んでワクワクしてほしい。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori