「毎日の料理」を教えてください
家で作る料理は、その家族だけに通じる言葉のニュアンスのようなものを必ずまとっている。暮らす場所が変われば気候も手に入る食材も変わるし、調理法も変わるだろう。そういった「ある土地の食文化」のずっと奥には、いくつもの家庭の台所と物語が広がっているような気がするのだ。
『沖縄 いつもの家族ごはん 急がない、競わない、癒しの暮らし方』に収められた料理は、沖縄で暮らす16人が教えてくれる「毎日の料理」だ。14人の孫たちにリクエストされる「森根初枝さんちのソーミン汁」のレシピは20人前。鶏のネックでスープをじっくりとって仕上げる。お母さんの味に近付けたい「上原友子さんちの糸満アンマー蒲鉾」もいい。親子代々、目と舌で覚えて、作るたびに「お母さんが作る蒲鉾は本当に美味しかったなあ」と思い出しているご馳走。
まんまるの蒲鉾(かまぼこ)に込められた家族の歴史に胸がキュッとなる。
自分や家族のためにずっと作り続けてきた琉球料理の美しい写真とレシピ、そしてその人の物語で構成されている。著者の田中えりさんは、東京から大好きな沖縄に移住した。そして、沖縄で出会った人たちがいつも作っている料理を、料理を作る人ごと紹介してくれる。とても親密であたたかい本だった。
5分で完成! ソーミンタシヤー
はい、できあがり! うん、5分だね。ラーメン作るより簡単でしょ。(中略)
ソーミンタシヤーってさ、台風で家に材料がない時でもできる美味しいもの。こういう「庶民の知恵があって生活に根ざしているもの」が、私にとっての沖縄料理なのよね。
思わず作らずにはいられなかった「我喜屋若子さんちのソーミンタシヤー」は、我喜屋さんのこんな軽快な説明とともに紹介される。
フライパンひとつで作れるこちらは私のお昼の定番メニューになった。そうめんとにらとシーチキンでちゃちゃっと作れる。レシピの一口メモにあった「塩を加えるタイミングが大切です」を守って完成させた。
香ばしくて、あたたかくておいしい。ニラの量が絶妙にいい。本当に5分でできてしまう。
本書のレシピには著者の田中さんによる「食べてみて」という項目がある。私はここがとても好きだ。ソーミンタシヤーのレシピにはこんな言葉が添えられていた。
小麦粉の香りのするそうめんに、シーチキンの旨味と塩味、にらの香りが本当によく合い、黄金の組み合わせ。一つ欠けても成り立たないし、これ以上の材料はいりません。シンプルなおいしさが何よりのご馳走と実感します。
一緒に「おいしいねえ」と言い合っているような気持ちになる。オオタニワタリやアダンの実といった私の暮らす場所では手に入らない食材のお料理では、田中さんの「食べてみて」をことさら熱心に読んでいる。
そして、「我喜屋若子さんちのソーミンタシヤー」の章では我喜屋さんの半生も語られる。東京の大学を出て、イタリア料理店に勤めて、20代後半で沖縄に帰ってきた我喜屋さんが「沖縄料理の原点」を見つけるまでの物語だ。よりおいしく感じる。
長い歴史と、生活の知恵
こちらも作ってみました、「又吉妙子さんちの人参シリシリ」。
又吉さんの教えのとおり、シリシリ器をつかってにんじんの断面の荒くした。これを機にシリシリ器を買ってみたが、おもしろいくらいシリシリできる。最高だ(沖縄でも使われているというスターライオンのシリシリ器にしました。穴は6mm)。ツナ缶は使わず、お醤油とたまごだけで仕上げる。大切なコツは炒め油をラードにすること。ラードもこの本をきっかけに我が家の台所に登場するようになった。じんわり甘くておいしい。
レシピもさることながら、又吉さんの思い出話もとてもいい。
結婚して3日で気づいたのよ。花嫁修業で得た自分のスキルは、ここでは何も役に立たないって。本土の着物、着付け、生け花、全部いらない、料理もちがう。首里の文化や食事、重箱の9品目に、人参シリシリ、ゴーヤチャンプルー、プットゥルーにポーポー……、何も分からない。もう絶望的だった。
県外出身で、パスポートを持ってお嫁入りした又吉さんは、今では沖縄県が認定する琉球料理伝承人だ。ずーっとお話を聞いていたい。
食いしん坊な私は「おいしい料理」を知りたくて読んだはずなのに、なんだかとても穏やかで美しいものを見せてもらった。いろんなお家の、尊いごはんたちをおすそ分けしてもらった。ああ、沖縄に行きたい!
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。