一年中、よくお茶を飲む。暑い時期は水出しの麦茶を冷蔵庫で作り、寒くなってくると玄米茶や緑茶を急須で淹(い)れる。そうはいっても、長じて好きになったコーヒーや紅茶ほどのこだわりがないため、夏も冬も茶葉は適当な銘柄を、適当に買って飲んでいる。それでも十分、美味しいと感じてきた。
だが本書を読んで、あまりにも自分が緑茶、ひいては日本茶について無知だったことに気がついた。著者は1931年に創業した茶の専門店「思月園」の3代目で、日本茶のソムリエとしても知られていたという。残念ながら昨年この世を去り、店も惜しまれつつ閉店したらしい。なお本書は、2006年に刊行された『お茶は世界をかけめぐる』(筑摩書房)を改題、文庫化したもの。読みやすくなめらかな文章からは、まるで著者の声が聞こえてくるかのようで、その筆致はお茶を深く愛し、広く伝え続けた著者の人となりをも伝えてくれる。
さて本書では、冒頭からちょっとしたクイズが出される。たとえば、以下の写真から「日本茶はどれか」というもの。
どれも似たようなものに見えるが、日本茶といえば緑茶のイメージ。強いて言えば1か4だろうか……? 首をひねる私に、回答がやさしく示される。
実は「日本茶」とは、お茶の種類を表す言葉ではありません。字の通り生産地を表す、つまり「日本で作られたお茶」という意味の言葉です。
お茶の樹は、植物分類学では、Camellia sinensis (L.) O. Kuntze という種に分類されます。同じ種の樹の葉から、加工方法を変えることで、緑茶、烏龍茶、紅茶といった違った種類のお茶が出来ます。
つまり見かけや色、製法上の違いで判別するのではなく、あくまで「作られた場所」が決め手となる。実際、私が迷った4のお茶は緑茶の代表「煎茶」と同じ見かけだが、実は中国で作られた輸入品。そのため、「緑茶の仲間」ではあっても「日本茶」には当たらないという。初めて知った!
そして次のページでは、その「日本茶」にも多くの種類があることが紹介されている。
抹茶やほうじ茶、玄米茶はともかく、それ以外は種類も違いもどう見分ければいいのかわからない。ましてや普段の自分が飲んでいる日本茶となると、もはや見当もつかなかった。まさか、これほど種類があろうとは。著者によればこの14種は、「製法上」や「お茶の樹の育て方、管理のしかた」「発酵酵素の働きを止める加熱方法」といった違いによっても、何通りかに分けられるという。
著者はここから日本茶の歴史へと踏み込んでいく。煎茶が生まれるまでの経緯や生まれた後の発展、そして明治時代に日本を支える貿易品の1つとして、世界中へ輸出されるようになった事情までもが一気に紹介される。個人的に興味深かったのは、長らく輸出品として重宝された日本茶が徐々にその量を減らしていく中で、唯一残された市場へと展開していく第六章「日本茶故郷へ帰る」のくだりだった。
世界中で日本茶消費国として日本茶に残された唯一の市場が、他ならぬ日本でした。
一九六〇年代、日本茶は日本という未開の市場を発見したのです。
それまでの日本人にとって、日常で口にする日本茶は自家製のものだった。だが高度経済成長により都市化していくことでその機会は減っていき、ついには作るものから買うものへと変化していったそうだ。この時の大転換がなければ、もしかするとそのまま日本茶は廃れ、今を生きる私たちは飲む機会を失っていたかもしれない。自分にとって当たり前の習慣だと思っていた行為が、たった数十年前に成立したものだったとは。思いもよらなかった。
著者のひょうひょうとした語り口は、読み手を気負わせることなく、日本茶への深い知識へと導いてくれる。現代の私たちに欠かせない相棒であり、これからもそばにあってほしい日本茶について、今一度知るために。本書を何度でも読み返したい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。