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2022.07.14

レビュー

自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中にはひとつもない──絶対悲観主義で思考のストレッチを!

逆境がなければ挫折もない

仕事のスタイルであり、本書のタイトルでもある「絶対悲観主義」は、「向上心を持とう」「成功しよう」といったポジティブさとは真逆のスタイルに見える。一見ネガティブで、それだけにインパクトのあるタイトルを見て、私はこの本を「仕事における思わぬ事態や危機的状況の影響を最小限に抑えるためのリスクヘッジ的な考えを説く本」なのだと思っていた。しかしその予想は本書を開いて早々に裏切られた。著者・楠木健さんは、自身の実践する「絶対悲観主義」について、次のように説明する。

フツーの人にとってベストだと僕が思っている仕事への構え、それが「絶対悲観主義」です。「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中にはひとつもない」という前提で仕事をする――厳しいようで緩い。緩いようで厳しい。でも根本においてはわりと緩い哲学です。

物事がうまくいく前提に立つから、些細なことが「困難」「逆境」に見えてきてしまうのだという。そのため「GRIT(困難に直面してもやり抜く力)」や、「レジリエンス(逆境から回復する力)」を手に入れなくてはいけないと考える……。言われてみれば、確かにそうだ。

逆境がなければ挫折もない。成功の呪縛から自由になれば、目の前の仕事に気楽に取り組み、淡々とやり続けることができます。GRIT不要、レジリエンス不要――これが絶対悲観主義の構えです。

本書は、日立製作所のオウンドメディア「Executive Foresight Online」の連載記事を書籍化したものだ。単に過去記事をまとめただけでなく、「絶対悲観主義」という独自の切り口で過去記事を再編集し、大幅な加筆がなされている。「お金と時間」「健康と平和」「友達」といった幸福の要素になりうるものから、「初老の老後」にいたるまで、おそらく誰にとっても人生の基盤となりうる14のテーマで構成されている。連載を読んでいた方も、新鮮な気持ちで読めるに違いない1冊だ。

絶対悲観主義者が手にするメリットとは

「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中にはひとつもない」という前提に立つ「絶対悲観主義」。本書の第1章「絶対悲観主義」には、その数々のメリットが記されている。

・「絶対悲観主義」としてやるべきことは、事前に「期待のツマミ」を思いきり悲観のほうに回しておくだけ。簡単に実行できる。
・そして、万が一うまくいくことがあればそれは大きな喜びになる。
・仮に失敗しても事前の覚悟があるので、敗北を心安らかに受け止めることができる。
・仕事への無用なプレッシャーがなくなるので取りかかりが早くなるし、相手がこちらの都合を斟酌してくれることはないと考えることで、自然と顧客志向になる。

「期待のツマミ」を悲観側に回すだけなら、コストも手間も何もない。それで上に挙げたメリットが得られるのであれば、費用対効果としては上々ではないだろうか。自分に対して甘い人ほど有用にして有効なメソッドと言えそうだ。
さらに、「すぐに」ではないが、「絶対悲観主義」を貫くことによって、悲観の壁を突き破って現れる望外のギフトのような利点があるという。「地に足の着いた自信」を手に入れたい人は、ぜひこの章を読みこんでみてほしい。

「品」の最上の定義とは

「人と比較しない」「スタイルを大切に」「足るを知る」……。本書には、こんな思想が流れているように感じる。そんな中、第9章「なり」と「ふり」では、「品のある人」の定義が語られている。
「品」の対極の例として、婚活や、マッチングアプリに見られる男女の攻防が挙げられる。偶然の出会いではありえないエピソードと、彼ら彼女らをそうさせてしまう、マッチングシステムならではの仕組みの話は面白くも恐ろしく、背筋が冷える。
なりふり構わず、欲望に一直線なその様子を「獣性」とする一方、楠木さんは「なり」と「ふり」こそが人間を人間たらしめており、それこそが「品」である、と定義する。ここで「ゴルゴ13の主人公に品格を感じる」理由を知ることになったのだが、突然のゴルゴに笑ってしまいつつも、その理由には大いに頷くことができたので、ぜひ本書で確認してほしいと思う。
そして、「品」のもう一つの定義がこれだ。

現実には「総取り」はありません。捨てることについてはきっぱりとあきらめて、執着しないのが上品な人です。

「総取りはない」、つまり、すべては満たされないと知ったうえで、自分の欲をはっきり自覚して選び取ることのできる「潔さ」が「上品さ」の要となる。この姿勢は「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中にはひとつもない」という絶対悲観主義の哲学に通じてはいないだろうか。「品」と「絶対悲観主義」。一見関係なさそうに見えていた2つが、こんなつながり方をするなんて面白い。

本章の締めくくりは、楠木家のペットであるパピヨンの「お蝶さん」の様子である。犬も「獣」と思いきや、品のあるかわいらしさがほほえましい。

枝豆がスキで、夏の食卓で枝豆を食べていると、必ず私にも食べさせなさいと主張してくる。仕方がないので枝豆を与えると、がつがつと食べる。ところが、お腹がいっぱいになったとたんに見向きもしなくなります。実に潔い。「犬すらなお足るを知る、いわんや人においてをや」です。

心配するな、きっとうまくいかないから

楠木さんは、絶対悲観主義を「仕事への構え」としているが、「生きること」全般に応用できるスタイルだと感じた。ポジティブであることは好意的に受け入れられやすいけれど、そこに息苦しさを覚えることもある。
「夢に向かって全力疾走!」「夢をあきらめるな!」といったアスリート的な姿勢を緊張系の「筋トレ」とすると、「絶対悲観主義」は、弛緩にあたる「ストレッチ」だという。「絶対悲観主義」によって気持ちのアップダウンが少なくなり、肩の力を抜くことができる。本書は「思考のストレッチ」。気さくな言葉で書かれ、時に笑みがこぼれる。読み終えるころには気持ちがすっきり軽くなっている。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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