怪獣が死んだ。この死体、どうする?
「めでたしめでたし」のあとも、物語は続く。姫と王子が結ばれた後も、ヒーローが悪を倒した後も。主役にも、脇役にも、物語の「その後」の人生がある。怪獣が暴れ、多くの人間が死ぬ。ヒーローが戦い、人々を救う。その先の「怪獣の死体をどうするか?」を描いた映画「大怪獣のあとしまつ」は、公開初日からTwitterのトレンドを揺るがした。本書はそのノベライズだ。
ある日突然海から現れた怪獣が、首都を踏み荒らす。その怪獣の姿はこうだ。
たった一頭だが、頭から尻尾の先まで全長三百八十メートル、高さ百五十五メートルもある巨大な怪獣のパワーは圧倒的だった。
太古の恐竜にいくらか似た、黒っぽい、爬虫類のような見た目のうろこを持つ皮膚におおわれ、二本足で歩く巨大生物――怪獣が炎のむこうにいる。その背中には、特徴的な形――キノコそっくりの突起が十数個、一列に並んでいた。
そして、出てきたのも突然なら、その死もまた突然だった。
怪獣に怯(おび)えていた国民が歓喜に沸(わ)き、安堵する一方で、その死体は腐敗しはじめていた……。有害物質が発生するかも? もし爆発したら? 死体の処理は、政府を揺るがす一大議案だ。
おもむろに総理大臣が話を切り出す。
「特務隊からの報告によれば……やはりあの怪獣、死んでますな」
財務大臣が応じた。
「死んでるのはいいけど……どうするんだよ、あんなもん」
官房長官が同意した。
「死体ですか……でしょうね」
他の大臣たちもうなずく。総理大臣が議題を投げかけた。
「だれが後始末するのかなぁ」
「一級河川で死んでいるから国土交通省」「一般廃棄物だから地方自治体」「文科省が標本保存すればいい」……。大臣たちの責任のなすりあいの末、国民の運命をかけて死体処理を任されたのは、ある過去をもつ男・帯刀アラタだった。
アラタは内閣総理大臣直轄の重大危機部隊・特務隊に所属している。特務隊とは、あらゆる戦闘能力に長けたチームだが、なぜ自分が死体処理の責任者に……。自分の過去との関係をアラタは疑うのだった。
怪獣後の世界の主導権争い
国民に、「自分こそが誰よりも仕事をしている」とアピールしたい政治家たち。そのうちのひとり、環境大臣の秘書官が雨音ユキノだ。初動の速さを見せつけたい環境大臣は、死体の安全確認もそこそこにユキノを連れて視察に向かう。そこにいたのはアラタだった。
「わたし、環境大臣秘書官をしております……今回の怪獣の件では、ぜひご協力をお願いしたいと思っておりますが……」
ユキノをさえぎり、アラタが笑顔で握手を求めてきた。
「おひさしぶりです」
ユキノがアラタと初対面のような顔をしたのにはわけがある。アラタとユキノは幼なじみで、かつての同僚だっただけでなく、3年前までは恋人同士でもあったのだ。しかし3年前、任務の途中でアラタは姿を消し、どんなに捜しても何の手掛かりもなかった。またその任務は、あるひとりの人生も大きく変えてしまった。ユキノはアラタではない男性と結婚し、転職をした。何事もなかったようにふるまうアラタにユキノの心は揺れる。
死体の腐敗、膨張、大爆発の危険の中、ユキノと、一度は彼女の前から姿を消したアラタは、今またともに「怪獣の死体」という大きな危機に立ち向かうのだった。
三木ワールド、炸裂
怪獣の死体をアレコレするのがメインと思いきや、政治家たちの責任のなすりあいや主導権争い、登場人物たちの複雑な人間関係の中で話は進む。政府の各大臣の思惑が絡んだ閣議は子供の屁理屈のようでニヤっとさせるし、一方で、無能そうに見えた大臣が思わぬ人間関係を把握している油断ならない一面を見せたりもする。そんななか、ある大臣の体を張ったパフォーマンスが絶大な効果をもたらす。国民が安心し、怪獣の死体への風評被害が消えたとたんに、内閣は手のひらを返す。インバウンド狙いで、死体をランドマーク化することを画策するのだ。
「え~、それでは、先ほど、閣議決定した怪獣の名前を発表いたします」
秘書官が額をふせたままわたす。
「怪獣の名前は……」
官房長官は、ゆっくりと、もったいをつけて額を顔の横に持ちあげた。
そうだった、この物語は「特撮エンターテインメント」だ。怪獣の襲来は人間にとって「大災害」であり、本作は大災害のその後を「時効警察」の三木聡流エンターテインメントにて楽しむ1冊なのだ。笑ってしまうのが悔しいやや下品なギャグと、怪獣現場の緊張感とのコントラストが楽しい。個人的白眉であるユキノの兄・ブルースの格好よさも加わり、新しい三木ワールドが炸裂している。ユキノのアラタへの恋心や、夫との確執、謎のキノコなど不穏な要素を巻き込んで進んだ先に驚きの結末がある。ああ、読んだ人と感想を言い合いたい……。そんな気持ちになる1冊だ。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019