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2022.02.13

レビュー

大河ドラマがもっと面白くなる! 曽我兄弟と鎌倉殿の悲しい因縁を描く「曽我物語」

今年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、初回に「工藤祐経(くどうすけつね)」という武士が出てきた。薄汚れていてみすぼらしく、言われなければ武士とは思えなかった。だが次の瞬間、私にとってこの男が、歴史上の人物としてではなく別の意味で特別な人物だと気がついた。そうだ、この武士は「曽我物(そがもの)」のかたき役……!

ちなみに「曽我物」というのはジャンル名で、工藤祐経を父のかたきと狙う、曽我兄弟の物語をさす。能や文楽、浄瑠璃といったさまざまな芸能で描かれるが、私は歌舞伎でなじみがあった。それはたとえば「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」といった演目で、兄弟を主役に据えて上演される。華やかで印象に残るシーンも多く、いずれも人気の演目だ。

ただ私にとって、彼らはあくまで「歌舞伎に出てくる登場人物」でしかなく、史実をベースにしたドラマに出てくるとは思ってもみなかった。気づけば当然のことでしかないが、すると今度は別のことが気になってきた。「どうして工藤はかたきになったんだっけ?」「そもそも曽我兄弟って誰の子ども?」「これから先どうなるの?」といった疑問が、次々とわいてくる。大河ドラマはまだまだ序盤、自分の無知を嘆いていても仕方がない。今のうちに知識不足を補うため、本書へと手を伸ばした。

青い鳥文庫を手にするのは本当に久しぶりだった。最初は、私のような大人が読んでいいのか迷ったものの、いきなり古典そのものを読む度胸はなかった。青い鳥文庫なら、知らない武士の名前を含めたすべてにルビが振られ、注釈もそえられている。手始めにはぴったりだと思ったのだ。

著者は作家としてデビューする前は、歴史博物館で遺跡の発掘や歴史・民俗資料の調査研究職にたずさわっていたという。本書同様、これまでにいくつもの古典作品を手がけ、日本の名作を読みやすい形にしてきた。

さて曽我物語の成り立ちは、鎌倉時代が始まったばかりのころにあった。あとがきの言葉を借りてご紹介する。

源頼朝が鎌倉幕府を開き、征夷大将軍になってまもない一一九三年の梅雨のころ、実際に起きたとされる事件をモチーフにして作られたのが、「曽我物語」です。
この悲劇の物語の作者はわかりません。ですが、若い兄弟が、父親のかたきを討つためにすべてをかけ、純粋に生き抜いて目的を果たし、それ以上生きられなかった、というできごとは、人々の心を強く動かしたと思われます。
一説によれば、事件の記憶がまだ人々のあいだに残っていたころに、原型となった記録のような物語が、おそらく箱根権現に関わりのある僧侶の手で、記(しる)されたと考えられています。

この経緯を読むと、彼らの物語がさまざまな芸能で、長く演じられ続けてきたこともうなずける。兄弟の生きざまを、なんらかの形で伝えていきたいと願った先人たちの想いを、現代の私たちは舞台を通して目にしているわけだ。

そんな物語の舞台は、伊豆半島の東海岸あたりだった。平安末期、親戚同士の伊東祐親(いとうすけちか)と工藤祐経が、先祖伝来の土地を分け合って治めていた。だが両者ともに、相手の領地は自分が受け継ぐものと思っており、工藤は部下を使って伊東の命を狙う。

伊東祐親の長男が、河津三郎(かわづさぶろう)。彼の息子が曽我兄弟だ。つまり、祖父の争いに息子と孫が巻き込まれたのだ。父を亡くした当時、長男の「一万(いちまん)」は5歳、次男の「箱王(はこおう)」は3歳だった。彼らの母は泣きながら、彼らに父のかたきを討つよう話したという。



かたき討ちにいたるまでの流れはもちろん、兄弟を支え、導いた人々の描写が胸に迫る。彼らの悲願が達せられた時、その人生は終わりを迎える。その静かな覚悟は、兄弟だけでなく読み手である私たちにも共有される。だからこそ、残りのページが減っていくのはつらかった。彼らが育てば育つほど、工藤を討つ力を手にすればするほど、命の期限が見えてくる。こんな切ないことがあるだろうか──。彼らの物語を「残したい」と思った人々の気持ちが、痛いほどわかるようだった。

著者の筆は私たちを、約1000年前の世界へしっかりと導いてくれる。おかげで、これまで何度読んでも覚えられなかった『曽我物語』の全容が初めてわかった。児童書だとためらうのはもったいない。手を出しにくい古典に、こんな入り口があったことは何よりの発見だった。大河ドラマの先を多角的に楽しむためにも、ぜひ手に取ってみてほしい。

レビュアー

田中香織 イメージ
田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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